■社会学、心理学、倫理学、哲学の視点
インフルエンザが例年よりも異例のスピードで流行し、「夏なのになぜ冬のインフルエンザが流行るのか」との声も上がり、各自治体はワクチン接種を早めている。夏休みが終わって新学期が始まった小中学校では、学級・学年閉鎖をしたり、休校したりするところも出ている。一方、アフリカでは致死率の高いエボラ出血熱の流行に対し、WHO(世界保健機関)が今年5月に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言したが、感染の急拡大は収まらない。
感染症が流行すると、不安や恐怖が増大し、過度の防疫措置を取るようになる。その結果、社会・経済の活動が停滞し、他人に感染対策を強要する同調圧力や自粛警察も生む。新型コロナの流行がそうだった。感染症は「社会の病」なのである。それゆえ、感染症は医学・医療の観点からだけでなく、社会学、心理学、倫理学、哲学の視点からも考えていく必要がある。そこでいま起きているインフルエンザやエボラ出血熱の感染急拡大はどうみたらいいのだろうか、考えてみた。
■感染者7000人超、死者3000人超
ロイター通信によると、コンゴ民主共和国(旧ザイール、DRC)で発生しているエボラ出血熱の感染者の数は7022人に上り、死者数は3398人に達した。9月11日に発表されたコンゴ民主共和国政府のデータから分かった。感染は新たな州にも拡大している。同国史上最多の感染者数と死者数で、世界で過去2番目の感染規模だ。
エボラウイルスは致死率の高いキラーウイルスと恐れられ、歯茎や胃、腸から出血し、そのまま治療しないと、多臓器不全で死亡する。発症した感染者や遺体の血液や体液との接触によって感染を広げていく。過去最大規模の感染は2014年から2016年にかけて西アフリカ(ギニア・シエラレオネ・リベリア)で発生したもので、WHOによると、感染者数は2万8616人、死者数は1万1310人を記録した。
補足しておくと、アフリカにはコンゴ民主共和国(DRC)とコンゴ共和国(ROC)の2つのコンゴという名称が付いている国がある。DRCの首都はキンシャサで、ROCの首都がブラザビルだ。両国はアフリカ中央部で隣接し、コンゴ川を挟んで向かい合っている。エボラ出血熱のエボラという名称は、コンゴ民主共和国を流れるコンゴ川支流のエボラ川に由来する。
■珍しいウイルス株で感染急拡大
8月末、隣国のウガンダでは流行の収束が宣言されたが、コンゴ民主共和国では収束の兆しがまったく見えず、各国が渡航の注意を呼びかけ、WHOのテドロス事務局長は「前例のない速度の感染拡大に対応が追い付かない」と話している。ここで「収束」という言葉について触れておく。新型コロナを扱った2022年4月号のメッセージ@penに「『終息』」という言葉を使ってきたが、今後は『収束』という言葉を使いたい。終息は自動詞で『感染症が終息する』というように使われ、そのものが自然に終わるという意味がある。これに対し、収束の方は他動詞として『感染症を収束させる』と使い、かつ自動詞としても使われる。人為的な意味が強い」と書いた。文字通り、エボラ出血熱は収束させなければならない。
コンゴ民主共和国で流行しているエボラウイルスが、「ブンディブギョ」という株だ。この名称はコンゴ民主共和国と隣接するウガンダ西部の地名から取られたもので、2007年11月にここで発見された。エボラ出血熱の主流ウイルスのザイール株(致死率90%)に比べ、致死率が25%から50%と低く、これまで流行はほとんどなかった珍しい株だ。このため採算上の問題から治療薬やワクチン、検査キットの開発が進まず、その結果、コンゴ民主共和国で流行が拡大してしまったというのである。感染症対策の落とし穴に見事にはまった格好だ。
■SNSによるニセ情報の拡散
エボラ出血熱の感染急拡大の背景にあるのは、珍しいブンディブギョ株の問題だけではない。SNSによる根拠のないニセ情報の拡散の問題も大きく、「エボラ出血熱など存在しない」「政府やNGO(非政府組織)が金儲けのために作った病気だ」「治療センターに行くと死ぬ」といったニセ情報がウイルスよりも早く広がってしまった。これに対し、WHOやNGOはSNS上でニセ情報を否定し、正しい情報を発信するとともに、教会など国民が信頼する地域の共同体を通じ、検査や隔離、予防についての正しい理解を求めている。SNSの深刻な問題は先進国も後進国も変わらないのである。
これまで感染地域では、感染死した人の家族が遺体を抱きしめたり、遺体を洗った水を回し飲みしたりするなど最後の別れの慣習があり、遺体から感染する事例が相次いだ。このためWHOは葬儀や埋葬について理解を求め、防護服を着た専門チームが埋葬を行い、家族はガラス越しに立ち会えることを説明している。
さらに感染地域は長く戦闘が続く紛争地で、治安が悪く、医療支援も入れない。民族間の対立や鉱物資源をめぐる争いが続き、政府軍と武装勢力、武装勢力どうしの衝突も日常茶飯事のように起き、これらがエボラ出血熱の感染拡大に拍車を掛け、避難民どうしの感染がなくならない。
世界の感染症対策をリードしてきたアメリカの政策転換がエボラ出血熱の感染対策にも大きく影響している。WHOの最大の資金拠出国だったアメリカが今年1月、新型コロナ対策への不満を理由にWHOから脱退した。トランプ大統領の独断だった。外国への援助も大幅に削減され、世界で活動するNGOも資金不足で困窮している。
■異例の早期流行
ここまでコンゴ民主共和国のエボラ出血熱について長く書いてきたが、次は異例の早さで感染が拡大しているインフルエンザについて考えてみよう。断っておくが、この2つの感染症は症状や致死率などの特徴がまったく別ものである。
厚生労働省によると、今シーズンの流行入りは8月半ばで、現在の統計を取り始めた1999年以降2番目の早さだ。1番早かったのは、2009年のシーズンだった。
今年8月17日~23日までの1週間に全国の定点医療機関(約5000箇所)から報告された感染者数は、1医療機関あたり1・11人だった。この時点で流行入りの目安となる1人を超えた。9月7日~13日までの1週間では1医療機関あたり5・54人で、この値は例年の11月下旬並みの感染状況である。インフルエンザは例年11月ごろに本格的な流行が始まり、12月~翌年3月に流行のピークとなる。今年はすでに11月下旬並みで本格的流行が起きているというわけである。確かに異例の早期流行である。
■「冬のもの」という固定観念
それでは今年はなぜ流行入りがかなり早いのか。感染症について長年、取材して記事や書籍にまとめてきた立場から言わせてもらうと、「インフルエンザは冬のもの」という考え方自体が間違っている。沖縄県ではこれまで夏場の流行があったし、今回の流行も1医療機関あたりの感染者は沖縄県が1番多い。
それに北半球が夏なら南半球は冬だ。航空機など交通機関が発達した現代では、南半球から感染者が入って感染を広める可能性は高い。夏場は部屋を閉めてエアコンをかけ続けているのでいわゆる3密(密閉・密集・密接)が発生して感染しやすくなる。これはコロナ禍で経験済みである。今年の夏は豪雨が繰り返され、異常に日照時間が少なく、寒暖差も大きかった。それらが人体の免疫機能に影響を与え、インフルエンザウイルスに感染しやすくなったことも考えられる。
コンゴ民主共和国で流行しているエボラウイルスのブンディブギョ株について「流行がほとんどない株だったため、治療薬やワクチン、検査キットの開発が進まず、流行が拡大した」と前述し、「感染症対策の落とし穴だった」と指摘した。
「落とし穴」はどこにでも存在する。それゆえ、なぜ落とし穴にはまったかを検証し、再発防止に役立てることが重要だ。日ごろのチェックで落とし穴に気付くことも大切である。エボラ出血熱に限らず、感染対策の落とし穴を事前に発見してほしい。インフルエンザ対策の落とし穴は「冬のもの」という固定観念かもしれない。固定観念は感染症対策の厄介な敵である。
木村 良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)