8月13日、メディアコムと綱町三田会では、ニューヨーク在住のジャーナリストの津山恵子さんを招いて、アメリカのネットメディアをテーマにしたミーティングを開催した。津山さんは20年にわたってアメリカ政治を取材し、アメリカメディアの実態にも詳しい。ちょうど日本に帰国された機会をとらえて、変革著しいアメリカのネット専門のメディアについて、皆で勉強してみようという試みだった。夏休みにもかかわらず、メディアコムからは研究生4人が参加、綱町三田会からも瀬下代表幹事ら6人が加わった。場所は、日比谷のプレスセンターのビルにあるレストラン。ランチミーティングという体裁だ。
講師役の津山さんは、2000年代にはじまったネット専門のアメリカメディアの歴史からひも解いていった。ハフポストや、ビジネスインサイダー、バズフィードなどのアメリカのニュースネットメディアの第1世代が、伝統的メディアが喉から手が出るほどほしがるピュリッツァー賞を受賞し、大手新聞やテレビ局の記者が居並ぶホワイトハウスの記者会見室にも席を得るという、その活躍ぶりからはじまったのだが、その中で、今やデジタルこそが、メディアの戦場なのだと、強調し始めた。
スライドで見せたのは、津山さんが大好きだというアップルニュースのアプリ。そこには、ワシントンポスト、ポリティコ、ウォールストリートジャーナル、ガーディアン、BBCニュースなど、1つのアプリの中に、新聞もテレビ局も、ネットメディアも、雑誌社も、画面の上に並んで、全部入っている。もしテレビを見ない若い人がいたら、BBCの文字をみても、アプリの中では、数ある中の一つのサイトとしか認識しないだろう。この現実が、戦場はデジタルしかないという現象を巻き起こし、そこで戦うために、あらゆるメディアがデジタルを戦場にして競い始めたと、津山さんは指摘した。デジタル空間では、新聞だ、テレビだ、といった境目もなくなって、競争がフラットになっていく。日本も含めて、メディア界がそんな時代に突入していることを、まずは、実感としてわかるように見せたのだ。
津山さんによると、第1世代は、戦場での淘汰が進んでいて、代わりに台頭してきたのがニュースネットメディアの第2世代。ポリティコとアクシオスが、その代表格だという。ポリティコは2007年、アクシオスはそれより後の2017年にスタートした。ともに、硬派のニュースに強い、特ダネも出す、伝統的なジャーナリズムをオンラインだけで展開しているメディアだ。ポリティコは創業者が1人で始めたが、今や1100人の社員を擁し、ヨーロッパにも支局を開設するまでになっているそうだ。アクシオスも、当初の社員5人から2022年には500人に増え、アメリカ中に30支局を展開しているとのことだった。すさまじい勢いだ。
とりわけ、アクシオスは、ホワイトハウスの内部情報などを、しばしば特ダネとして伝え、ニューヨークタイムズなどが記事の中で引用、国際政治が動くきっかけとなることも多い。日本の新聞やテレビ、ラジオのニュースでも、“アクシオスによると・・・”と、記事が引用されることが目立ってきている。日本のネットメディアでは、見られないことだ。
このアクシオスの成功について、津山さんは、2つ理由をあげた。1つは、忙しい現代人がすばやく読めて、かつ分かりやすいように、箇条書きの記事のスタイルを採用したことだ。個々の箇条書きの中も、1文か2文くらいしか入っていない。加えて、記事全体の文字数も少なくしている。たとえば、朝に配信されるニュースレターの記事はあわせて10本だそうだが、文字数はたった1658ワードで、6分半で読めますと書かれている。忙しくても6分半なら読んでもいいな、となる訳だ。こうしたことを、アクシオスは最初に始めた。伝え方の工夫は、これだけにとどまらないのだが、アクシオスは、この、スマートで簡潔な伝え方のプラットフォームを売りに出し、収益まで上げているのだという。
もう一つは、スクープを打ちまくり、それをブランド化したことだ。正式発表前の政府の文書を他のメディアよりも早く入手して特ダネとして伝えるという、典型的な手法の特ダネを連発するのだが、新聞やテレビの他のメディアもこれを追いかけ、時にはホワイトハウスを動かすことにもつながっているそうだ。ブランド価値を確立することで、メディアとしての信頼を獲得していったと言えるだろう。
さらに、津山さんは、アメリカで、紙を持たない、ウェブだけで運営しているローカルのニュースサイトが激増していることにも言及した。背景には、地方で新聞の廃刊やラジオ、テレビ局の閉鎖が進んで、いわゆる“ニュース砂漠”が広がっていることをあげた。新聞や放送に比較してコストが安いデジタルメディアが、ローカルジャーナリズムの一翼を担い始めているというのだ。
どうも、アメリカでは、デジタルの戦場で、ネットに特化した、さまざまなニュースメディアが、大小、次々と林立し、活気に満ちているような印象さえ受ける。何が、この状況を支えているのか、ミーティングでのまとめで、津山さんが話したことに驚いてしまった。アメリカでは、まだ、ジャーナリストはとても尊敬されている職業だ、というのだ。市民の中に、メディアが権力を監視しなければ、民主主義は守れないと考えている人が、ちゃんといる。権力の監視役のことを“ウォッチドッグ”と言うが、津山さんの言葉をそのまま借りれば、「権力の監視は、トヨタ自動車にもできないし、ウォルマートにもできないし、町の床屋さんにもできない。メディアという産業以外にはどこにもできない。だから、そのためには金を出しますよという人が、市民でも、企業でも、財団でもいる。」というのだ。
ひるがえって、日本のメディア状況はどうか。“マスゴミ”などと揶揄されて、もう久しいが、しっかり権力を監視していると、言えるだろうか。ジャーナリストは、果たして、尊敬されているだろうか。ミーティングを終えて、なんとも沈んだ気分になってしまったことを、付け加えておきたい。
松舘晃(元NHK記者)
アメリカに見るニュースネットメディアの変革 在米ジャーナリスト津山恵子さんを囲んで