AIが新卒採用を脅かす~メディアが伝えるもの~

 5月23日に開催された、恒例のメディア・コミュニケーション研究所の「春の夕」で、綱町三田会の瀬下代表幹事が、「今のような日本の大学新卒の採用状況は、そう長くは続かないのではないか。」と、研究生に向けて、さりげなく“警告”を発していたことを、皆さんは覚えているだろうか。その理由として挙げていたのが、次の3点だ。第一に、AIの普及によって、必要な仕事をAIが代替し、新人が主に役割を担っていた仕事が急速になくなっていくこと、二つ目に、新卒の学生は、拡大するキャリア採用の志望者と、採用の段階から競合するようになること、そして三つ目に、企業が求める高い能力を持った外国人との競争にも直面していくのではないか、ということだった。代表幹事は、これから就職に挑んでいく研究生を前に、そぐわない内容かな、との心配もされていたが、挨拶の中であえて言及したとのことだった。そこで3点の中で、最初に挙げられていた、AIの新卒採用への影響について、メディアがどう伝えているのか、探ってみることにした。
 日本より早くAIが浸透しているアメリカでは、すでにその影響が表れている。6月の大学の卒業式のシーズンを迎えて、卒業する学生たちの間で、AIに対する反発が広がっているのだ。アメリカ公共放送のPBSが、6月4日に放送したニュースアワーという番組の中で、その異変を伝えていた。IT大手のグーグルの元CEOが、大学の卒業式のスピーチで、「タイム誌が、2025年の“今年の人”に選んだのは、AIの設計者たちでした。」と発言したとたん、式場で大ブーイングがまきおこる。別の卒業式では、壇上の来賓が「AIの台頭は次の産業革命だ。」と述べると、これまたブーイング。さらに別の大学では、祝辞の中で「受け入れるしかない。AIは道具なのだ。」と、卒業生に理解を求めるシーンも出てきたが、またも返ってきたのは大ブーイング、といった具合だ。
 この異変について、番組の中では、コメンテーターが、「卒業というのは、可能性に満ち溢れた時間であるはずなのに、AIの存在によって、自分たちが余分な存在になる、初心者や労働者は必要なくなると言われている。それが真実かどうかはわからないが、たいへん有害なメッセージになっている。」と、AIに対する学生たちの不安の背景を説明していた。さらに、デジタル化されたAI主導の就職プロセスにも言及し、「屈辱的で人間性を奪われる体験だと言われていて、卒業式にブーイングが起きるのも驚きではない。」と答えていた。番組のキャスターは、アメリカの22歳から27歳の新卒者の失業率は、平均を上回る5.5パーセントを超えていて、ここ数年で、もっとも厳しい就職難に直面している、とコメントしていた。アメリカでは、今年5月にIT大手のメタが従業員の削減と新規求人の取り止めを発表するなど、AIの活用を主な理由にした企業の人員削減が、実際相次いでいる。
 それでは、企業がAI導入してから新規採用の削減に踏み切るまでに、いったいどのくらいのスピード感で進んでいくのだろうか。そのヒントが、6月7日に掲載された日本経済新聞のNIKKEI Asiaの記事の中にあった。「香港・シンガポール、揺れる金融センター AI普及 新卒採用は狭き門 」というのが、その見出しだ。記事の中では、AIの活用が加速するに連れて、新卒など若手層やバックオフィスなどの業務が最初に影響を受ける可能性が高いとしたうえで、「銀行・保険業界全体で新卒採用ペースが減速している。」と、香港を拠点とする人材紹介会社の採用担当者の言葉を引用していた。さらに、この採用担当者が「わずか6か月前までは、AI活用について議論するだけだったのが、(今は)金融サービス全体で日常業務にAIを適切に導入する段階に入った。」と指摘していることや、「6か月後には、AIが雇用削減に及ぼす影響が明らかになるだろう」と予想していることも付け加えていた。記事を読む限り、先の話と悠長に構えていられる状況ではないことだけは、確かなようだ。
 6月16日には、NHKも「みみより!解説」で、アメリカの大学での卒業式の異変を取り上げて、解説委員が、アメリカの若者の間で、AIに対する戸惑いや反発が広がっている背景に、雇用不安があることを伝えていた。番組の中では、日本の状況についても触れていて、AIに詳しい専門家がインタビューの中で「日本の企業が本格的に業務の見直しにAIを活用すれば、人員が余剰になるかもしれない。とりわけ、学生の就活に影響が出る可能性がある」と指摘していた。解説委員は、先行するアメリカの動きをよくみていく必要があると、締めくくっていた。
 日本では、アメリカの大学で起きているような卒業式の異変はまったく聞かれないし、「春の夕」での瀬下代表幹事の“警告”に関心をもった研究生も、ほとんどいなかったのではないだろうか。むろん、日本と、米国など海外とでは、経済状況に加えて大学新卒の就職の制度や採用プロセスなども異なるので、一概に比較することはできないのだが、一方で、“今のアメリカは、あすの日本”というのも、よく言われることだ。企業の深刻な人手不足を背景に、ここ数年は、学生優位の売り手市場が続いている。学生の新規採用の動向は、AIだけが影響を与えるものではないけれども、今の学生の就職状況が様変わりする日は、意外に早く来るかもしれないことを、頭の隅に入れておく必要もあるようだ。
 松舘晃(元NHK記者)

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