■TBSが日本記者クラブ賞を受賞
兵庫県政の混乱に絡んだSNS(ネット交流サービス)の誹謗中傷の問題を追及した、TBSテレビ「報道特集」取材チームが日本記者クラブ賞特別賞を受賞した。6月29日には受賞を記念する講演会が日本記者クラブ(東京・内幸町)で行われた。日本記者クラブは「SNS上のデマや誹謗中傷が民主主義を歪め、個人の尊厳を脅かしている。番組関係者のみならず、取材協力者、スポンサーまでもがSNSの攻撃にさらされてもひるまず、事実を見極める姿勢を貫いた」と評価する。この受賞を機に兵庫県の問題を振り返るとともに「ジャーナリズムとSNSの病理」について考えた。
兵庫県は斎藤元彦知事(48)のパワハラ疑惑とその内部告発で揺れ、2024年11月17日投開票の兵庫知事選では、SNSの虚偽掲載や誹謗中傷行為が大きな問題となった。知事選は県議会の全会一致で不信任が決議されたことを受けた斎藤知事の出直し選挙だった。当初、斎藤氏の再選は難しいとの見方が強かったが、斎藤氏はSNSを駆使して圧勝した。
不信任の発端は斎藤氏のパワハラ疑惑を元県幹部が内部告発したことだったが、元県幹部は告発後に亡くなっている。自殺とみられる。
■SNSの攻撃で県議が自殺
斎藤氏を圧勝させたのが、政治団体「NHKから国民を守る党」(現・NHK党)の立花孝志党首(58)=名誉毀損罪で起訴=だった。自ら知事選に出馬したにもかかわらず、「斎藤前知事を当選させる」と公言し、斎藤氏擁護の街頭演説やSNSによる情報発信を続け、いわゆる2馬力選挙を展開した。
なかでも兵庫県知事のパワハラ疑惑を追及した竹内英明県議に対する攻撃は異常だった。竹内氏は県議会百条委員会の委員で、県知事選の期間中、ニセ情報が掲載され、竹内氏を誹謗中傷する投稿が拡散された。たとえば、竹内氏を批判したX(旧ツイッター)の投稿には1万以上の「いいね」が付き、ユーチューブに投稿された動画の再生回数は1000万回以上を記録した。竹内氏は知事選投開票日の翌日、「一身上の都合」を理由に辞職し、2025年1月18日に50歳で亡くなった。自殺とみられるが、背景には間違いなくSNSの病理が存在する。
立花被告は2024年12月の街頭演説でも竹内氏について「めっちゃやばいね。警察の取り調べを受けているのは多分間違いない」と発言していた。竹内氏が亡くなった直後にも、Xやユーチューブに「県警からの継続的な任意の取り調べを受けていた」「明日逮捕される予定だった」と虚偽の情報を流した。当然だが、立花被告は2025年11月9日、兵庫県警に名誉毀損容疑で逮捕され、神戸地検も起訴に踏み切った。これから刑事裁判が開かれる。この逮捕・起訴はTBS「報道特集」取材チームの取材・報道のたまものである。
■「小さな虫になってはい回る」
話は変わるが、学生時代から半世紀近くにわたって「ジャーナリズムに何ができるのか」「ジャーナリストはどう行動すべきか」「新聞記者はどうあるべきか」と自問自答してきた。
14年前のメッセージ@pen(2012年10月号)でも触れたが、この私にジャーナリスト魂を教えてくれたのが、1972年11月発行の『虫に書く―ある若きジャーナリストの死』(大森実著、潮出版)である。慶応大学の新聞研究所(現メディア・コミュニケーション研究所)の本棚で見つけ、本屋を探し回って自分の1冊を購入し、繰り返し読んだ。
この本には大森氏の愛弟子の半生が描かれている。大森氏が毎日新聞社を退社して大森国際問題研究所を設立し、1967年から3年間、週刊新聞「東京オブザーバー」を発行したときに活躍したのが、愛弟子の中島照男記者だった。中島記者は東京オブザーバーの廃刊後の1970年5月、単身、内戦の始まったカンボジアに渡り、取材中にポル・ポト派のクメール・ルージュに殺害される。27歳の殉職だった。
『虫に書く』には中島記者のこんな言葉が記されている。
「普通のサラリーマンになる気など、さらさらなかった。出世も、カネも、幸福も、打算もなかった」
「恥知らずな生き方だけは、決してしないことを心に誓った。必死になり、1人前のジャーナリストになりたくて、血みどろな努力を重ねてきた」
「小さな虫となって、1人ではい回り、人間と歴史の断面を考えるんだ」
■呼び覚まされるジャーナリスト魂
2012年8月20日に内戦状態のシリア・アラブ共和国(通称・シリア)のアレッポで取材中に銃撃され、45歳で亡くなったジャパンプレスの山本美香さんもジャーナリスト魂を呼び覚ましてくれる。
山本さんは「戦火で苦しむ市民の姿、外には届かない声を伝えたい」「生命の危険にさらされながらも笑ったり、生き延びようとしたりする姿をとらえたい」と語っていた。私の先輩の女性編集委員(当時)も産経新聞のコラム(2012年8月29日付)にこんなことを書いている。
〈あなたが無言で帰ってきた先週の土曜日、私はご自宅にあなたに会いに行きました。1階の客間であなたはまぶたを静かに閉じていたけど、その瞳はいまも何かを凝視しているようでした。不条理への激しい闘志を私は感じた。意識を失うその瞬間までビデオを回し続けたあなたは、戦ってきた顔で眠っていました〉
〈『ジャーナリズムで戦争が止められるか』と問われ、きっぱりと「止められます」と答えていた美香ちゃん。これから、伝えたいことがたくさんあったのだと思う〉
山本美香さんのことを思うと、「ジャーナリストはどうあるべきか」を深く考えさせられる。
■オールドメディアの長い歴史と豊富な経験
話をもとに戻そう。今回のTBS「報道特集」取材チームは、兵庫県政の混乱を機に2024年8月から2025年11月まで計16回、キャンペーン報道を続けた。日本記者クラブ賞特別賞の受賞は、取材チームが培ってきたジャーナリスト魂が成せる業だった、と思う。デマや誹謗中傷がSNSで拡散され、民主主義が歪められることは決して許さない。番組関係者や取材協力者、スポンサーがSNSの激しい攻撃にさらされても、取材チームは揺るがず、事実を求める姿勢を貫き、警察と検察を動かし、立花党首を逮捕・起訴にまで追い込んだのである。
取材チームを代表するキャスターの村瀬健介さんは「何人もの番組スタッフがネット上で人格攻撃の対象になりました。それでもこの報道を続けられたのは、番組スタッフの間で問題意識を共有できていたからではないかと思います」と日本記者クラブの会報(6月10日付)に書いている。
少々褒め過ぎかもしれないが、「報道特集」の取材チームは、「ジャーナリズムに何ができるのか」「ジャーナリストはどう行動したらいいのか」という問いに見事に答えた。SNSが台頭し、その病理が問題になるなか、個人のフリージャーナリストにはない組織ジャーナリズムの強さを生かし、これからも報道機関としての意見や考え、主張をしっかり持って頑張ってほしい。
テレビや新聞はオールドメディアと揶揄される。だが、その長い歴史と豊富な経験の中でジャーナリズムやジャーナリストの在り方を問い続けてきたからこそ、根深いSNSの病理を追及し、問題点を洗い出して批判できるのである。
木村良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)