「例え皆さんが理解できなくても、今日はAI(人工知能)の最先端についてお話しします。ですが、私がこれからご説明するAIは、明日はもう古くさいものとなっているかもしれません。」2026年2月下旬、東京・麹町のホテルの会議室で開催された定例の勉強会に講師として招かれた防衛省のサイバーセキュリティの専門家はこう前置きして話し始めた。勉強会には、外務省、防衛省、警察庁それに学者ら10数名が参加、AIの専門家もいた。
ちょうどこの頃、アメリカではスタートアップ企業Anthropicが開発したAIモデル「Claude」が旋風を巻き起こしていた。これはアメリカの多くの大企業が導入している事務系ソフトウェア(人事管理、給与計算など)の代わりを務める強力な人工知能で、ニューヨークでは、今後不要になると思われるソフトウェアの開発・販売を主とする企業の株が急落した。そして、当然ながら、ソフトウェアをこれまで扱ってきた総務・事務系社員を解雇する企業が出始めた。「AI・Fear」(人工知能恐怖論)が語られていた。
だが、そのAnthropicがまもなく明らかにしたAIモデル「Mythos」はサイバーセキュリティの専門家にとって驚天動地の出来事だった。専門家はこれまでかなりの時間をかけてコンピュータやソフトウェアのコードを解析して、バグ(穴、弱点)を発見してきた。バグからサイバーアタッカーがシステムに侵入して情報を盗み、最終的にはシステムダウンさえひきおこすからだ。ところが、今回の人工知能「Mythos」は27年間もみつからなかったシステムの弱点をあっという間、数時間でみつけてしまったという。
こうした中、先月(2026年4月)7日、アメリカ財務省のベッセント長官、同じく連邦準備制度理事会のパウエル議長とバンク・オブ・アメリカなど金融界のトップが一堂に介して「Mythos」対策を協議したという。デジタル技術の最先端をゆく金融システムに「Mythos」を操ってアタッカーが侵入したとすると全米は勿論、全世界にはりめぐらされた金融決済などがストップ、世界経済は壊滅的損害を受ける恐れがあるという問題意識だったという。
さて、ここで場面は日本。静岡県裾野市にある未来都市「ウーブン・シティ」へ。ここは、元はトヨタ自動車の敷地で広さは東京ドーム6個分。一旦閉鎖された跡地にオーナー豊田章男氏の肝煎りで誕生したデジタル未来都市だ。既に昨年10月からスタート、先ず200人が入居、実生活が始まっている。勿論、金融、通信、医療など基本インフラを支えるのは実験都市に張り巡らされたデジタルシステム。交通手段はe-Paletteといわれる自動運転の電気自動車、商品の配達はロボット、そしてスタートアップ企業なども拠点を構える。
ここで、SFめいた仮定になるが、ここウーブン・シティのデジタルシステムの弱点を見つけて侵入する事は、おそらく「Mythos」にとってそう難しい事ではあるまい。もし、サイバーセキュリティ対策に失敗するとデジタル未来都市は機能を停止してしまうだろう。そして、ウーブン・シティがもし世界の大都市、ニューヨークやロンドンそして東京や上海だとしたら。金融、交通、通信、医療、エネルギー、そして家電を中心とする生活など。人の神経細胞のようにこれらを繋ぐデジタルシステムがもし崩壊したら。もし「Mythos」がこれらの都市のサイバーアタックに成功したら、「核兵器クラスの恐怖だ」と語る専門家の指摘もあながち冗談と聞き捨てられまい。
人類史にデジタルというものが誕生してそう長い時間が過ぎた訳ではない。だが極端に言えばこの10年、いやここ数年の人工知能の発達は人の領域を超えつつあるかもしれない。特に、最近のウクライナ、イランなど戦場での人工知能同士の“戦い”は不気味でさえある。もはや、デジタル至上という考え方を点検してみる時ではないか?
陸井叡(叡Office)
デジタル至上社会への警告~AI「Mythos」の不気味さ~