■20年前に初の臓器移植法違反事件
警視庁が今年7月、カンボジアでの臓器移植を斡旋し、その対価を受け取ったとして男3人を臓器移植法違反(有償斡旋)の疑いで逮捕した。協力した2人は不起訴になったが、主犯の男は3年前にも東欧ベラルーシでの臓器移植を無許可で斡旋して逮捕され、保釈中に今回の犯行に及んでいた。
ちょうど20年前の2006年10月には、初の臓器移植法違反事件が起きている。この事件では、愛媛県警が宇和島徳洲会病院での生体腎移植に絡んで移植手術を受けた男性患者と、ドナー(臓器提供者)を斡旋した女性(患者の内縁の妻)の2人を臓器移植法違反(売買の禁止)で逮捕した。
こうした臓器移植法違反が明るみに出るのは氷山の一角に過ぎない。容疑者が逮捕・起訴され、警察や検察が刑事事件として立件するのは少なく、多くは闇に紛れている。それにしてもどうして臓器売買はなくならないのか。なぜ臓器移植法違反事件は起きるのだろうか。
臓器移植法は死体(脳死あるいは心停止)からの臓器移植を対象に厚生労働省の許可を得ずに仲介する行為を禁じている。臓器売買に結び付く営利目的の斡旋を排除するためである。心臓や肝臓、腎臓といった臓器を移植しないと自らの命を維持できない患者(レシピエント)が存在し、その一方に死後自らの臓器を提供したいと希望する人(ドナー)がいる。その両者を結び付けるのが臓器移植法であり、言うまでもなく、その臓器は無償で公平に分配されなくてはならない。
■「移植医療の死角」と題した新聞連載
産経新聞の記者時代、2005年5月から10月にかけて断続的に「移植医療の死角」と題した連載を書いたことがある。世界的なドナー不足から移植という医療に臓器売買や死刑囚ドナーなど様々な問題が起きていることを指摘し、岐路に立たされた移植医療が今後、どう進んだら良いのかを考察した連載だった。後にこの連載は『臓器漂流』(2008年5月発行)とのタイトルを付け、ポプラ社が出版した。
なかでも生体腎移植は健康な人から片方の腎臓を取り出して行われるので、臓器売買の温床となる。貧困層の多い国々ではドナー(腎臓提供者)となって海外の金持ちの患者(レシピエント)に腎臓を売って生活を維持するケースが目立ち、国際社会で問題視されている。
世界保健機関(WHO)と国際移植学会(TTS)は2008年5月、トルコ・イスタンブールで開かれた国際会議で「世界的なドナー不足のなか、移植が必要な患者の命は自国で救う努力をすることが求められる」との宣言を採択した。渡航移植による臓器売買の禁止を求めた、いわゆる「イスタンブール宣言」(臓器移植と移植ツーリズムに関する宣言)である。
■中国の死刑囚ドナーの問題
前述した連載では、中国で移植手術を受けた複数の患者を追いながら、中国政府が死刑囚から臓器を摘出、国内外の富裕層の患者に移植して利益を得ている実態を明らかにした。中国では1980年代半ばから臓器移植が盛んに行われるようになり、移植を受ける日本人の患者もすでに存在していた。20年ほど前には「9割以上が死刑囚からの臓器でまかなわれている」といわれ、移植手術と術後管理の医療技術も上り、対象の臓器は腎臓だけではなく肝臓、心臓へと広がっていた。
死刑囚ドナーには➀ドナーが出る日時と場所が確実に分かり、移植を受ける患者の選定がしやすい②ドナーに対し事前にエイズや肝炎など感染症のチェックができる③若くて健康な思想犯や政治犯が死刑になることが多く、良い臓器が手に入る―などのメリットがある。中国はこうした利点を生かして移植臓器を大量に確保し、アメリカに次ぐ移植大国にのし上がっていった。
■「命か、倫理か」の厳しい選択
しかしながら死刑囚ドナーには倫理や人権の大きな問題があり、中国政府が不法に外貨など利益を得る「国家ぐるみの臓器売買だ」と批判され、怪しい国際的ブローカーも介在する。中国は2005年6月、国際社会の批判を受けて一時規制に転じたこともあったが、関係者によると、死刑囚ドナーは規制を緩めたり強めたりしながら続いている。
「死刑囚の遺体は死刑執行後すぐに火葬され、遺族は臓器が摘出されたかどうかを確かめることができない」と説明する専門家もいる。気功集団の法輪功に対する弾圧や新疆(しんきょう)ウイグル自治区の迫害でも「臓器を強制的に摘出された」と批判の声が上がっている。
連載の取材では何人もの患者に会って話を聞いた。中国の病院で移植手術を受けた患者たちはみな「命か、倫理か」の厳しい選択を迫られ、その叫びは取材する私の心の奥深くまで響いた。
「病院の移植医は『中国の法律に基づいてきちんと処理している』と説明したけど、ドナーは死刑囚なのかもしれない。だが、死刑囚だという確かな証拠はない。あれこれ詮索せずに前向きに生きたいと考え、多額の費用を支払って中国の病院で移植手術を受けた」
「慢性腎不全になり、腎臓の機能を失った。(人工腎臓による)血液透析は週に3~4回、1回に4~5時間もかかる。これを一生、続ける人生なんか嫌だった」
「元の体に戻りたかった」
「日本の主治医には反対されたけど、死刑囚でも構わないと思って決断した」
「最期は自分が生きることの方が大切だった」
■移植ネットに登録しても…
移植手術を受けなければ命を失う、切羽詰まった患者。その患者の弱みに付け込み、片方の腎臓(生体移植)や肝臓の一部(同)、それに唯一の心臓を高額で売り付ける。ブローカーによる貧困層からの臓器の廉価な買取や健康状態を顧みない摘出…。その多くは杜撰な医療態勢のなかで行われる。臓器を提供するドナーにも、移植を受ける患者のレシピエントにも、負担が大きく、命を落とす危険性もある。これが臓器売買なのである。命をもてあそぶ行為は決して許されない。ドナーは日本臓器移植ネットワーク(移植ネット)など公的機関を通じて臓器を無償で提供する善意のドナーでなければならないし、レシピエントも公的機関に登録する必要がある。
しかしながら臓器不足という根本的問題が解決できない。たとえば、移植ネットによると、日本では2026年7月時点で登録された腎臓の移植を希望する患者は1万5100人と多く、これに対し、2025年1年間のドナー数はたったの158人(脳死下146人、心停止後12人)だ。腎臓は2つあるのでドナー数を2倍の316人としても1年間で100人に2人しか腎移植が受けられない計算になる。日本のドナー数はあまりにも少ない。
移植ネットに登録してもなかなか移植が受けられず、肉親や配偶者から臓器の提供を受ける生体移植に転じることが多く、海外での臓器売買に走るケースもある。腎移植が必要になると、血液透析が欠かせず、なかには透析治療の過酷さに耐え切れず、透析を止めて自ら命を絶つ患者も出ている。
■オプティング・アウトの導入を
ドナー不足をどう解消したらいいのか。移植ネットは脳死を人の死として受け入れることへの抵抗感や臓器提供できる病院が限られていることがドナー不足の原因だと分析し、厚労省は臓器の斡旋機関を増やしたり、提供病院の整備を進めたりしている。
ここで明言すると、私は臓器提供への関心の薄さが大きな原因だと考えている。いま臓器提供はドナーカードに提供の意思を明記する「オプティング・イン(意思表示)」方式を採っているが、より多くの人に関心を持ってもらうためには「オプティング・アウト(反対意思表示)」方式の導入が必要である。以前からこのシステムの導入を主張しているが、臓器を提供したくない場合に公の機関に拒否(反対意思)の届け出をしておく。その届け出がないと、提供の意思があるとみなされる。つまり、すべての国民に臓器提供を身近なこととして感じてもらう。関心を持たざるをえなくさせ、ドナーを増やしていくのである。半ば強制的ではあるが、ここまでしないとドナーは増えない。このオプティング・アウトのシステムをベースに欧州では年間数千人ものドナーが現れている。
生体肝移植で父親の河野洋平氏(2026年6月、89歳で死去)に肝臓の一部を提供した元デジタル相の河野太郎氏(63)は当初、脳死移植に反対していた。しかし、自らがドナーとなったことで、健康体を傷つけなければならない生体移植に大きな疑問を感じ、脳死体からの移植を増やすことの重要性に気付き、臓器移植法の改正案の土台まで作り上げた。人は自分の身近なことでないと関心を持たないのである。
木村 良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)