米大統領の日韓歴訪とユン外交

◆米韓首脳会談とユン外交
 バイデン大統領が日本と韓国を訪問した。5月20日から5日間の滞在中、多様な会談と行事が相次いだ。ソウルでは、就任して間もないユン・ソンニョル大統領との米韓首脳会談が行われた。東京では、日韓首脳会談に続いてバイデン大統領が主導し、中国を念頭に新たな経済圏構想「インド太平洋経済枠組み=IPEF」を発足させた。さらに、日本、アメリカ、オーストラリア、インドの4か国が自由で開かれたインド太平洋を目指す枠組み「クアッド(Quad)」の首脳会議も開催された。実に盛りだくさんな日韓歴訪となった。
 バイデン大統領にとっては、初めてのアジア訪問だった。その狙いは軍事的にも経済的にも存在感を強める中国をけん制することにあったと言ってよい。アメリカとしては、自由、民主主義、法の支配という普遍的価値を共有する同盟国、日本と韓国との連携を揺るぎないものとし、アジアに関与する姿勢を明確に打ち出したものである。今回の歴訪では、これまで日本と合わせて訪問してきた中国を外したことにその意図が伺えよう。
 米韓首脳会談は、ユン大統領にとって就任後11日目のいわば「ひのき舞台」となった。ユン大統領は実利と現実主義に基づく外交を掲げている。また、自由、平和、繁栄に寄与する「グローバル中枢国家」を目指す。国際社会では今、ロシアがウクライナ侵攻を続け、市民の犠牲も後を絶たない。明らかに国際法に反する。アジアでは、中国の権威主義的行動が目立ち、北朝鮮は国連決議に反して核・ミサイル開発を続け、挑発・威嚇を繰り返す。ルールに基づく国際秩序が根底から揺れるなか、米韓首脳会談とともに始動したユン外交はどこまで期待できるのだろうか。
◆米韓同盟は「包括的戦略同盟」へ
 米韓同盟の歴史は70年に及ぶ。また、韓国にとっては唯一の同盟だ。朝鮮戦争以来、38度線を挟んで北朝鮮と向き合い、時には一触即発の情勢にあって、超大国のアメリカが韓国の平和と安全を維持する役割を果たしてきた。しかし、その同盟関係はムン政権の「親中」、「対北融和」の外交姿勢によって、ぎくしゃくしていた。ユン大統領は大統領選挙中から米韓同盟を立て直し、日米韓の連携も重視する外交姿勢を強く打ち出してきた。ユン大統領にとっては、今回の米韓首脳会談はいわば「いきなりの正念場」となった。
 会談後に発表された共同声明の要点は、大別して2つ。まず、安全保障の分野では、ICBM級のミサイル発射を繰り返し、核実験の準備も伝えられる北朝鮮の脅威に対し、アメリカが「核の傘」を含めた抑止力で韓国を守るという、「拡大抑止戦略」を確認した。2018年のシンガポールでの米朝会談以降、事実上中断していた「韓米合同軍事演習」の規模や範囲を拡大することでも一致した。さらに、「台湾海峡の平和と安定の維持」と「日米韓の協力」の重要性を強調した点も見逃せない。これによって、韓米同盟は緩んだタガを締め直し、強固な絆で結ばれた。ユン大統領は、前のムン政権からの外交軸を一変させたと言ってもよい。
 2つ目は経済分野での合意だ。米韓は、半導体、EV用バッテリー、人工知能などの最先端技術をめぐって協力関係を強化することで一致した。バイデン大統領が韓国訪問直後にサムスンの半導体工場を訪れ、ユン大統領とともに視察したのはその象徴だろう。また、韓国が「IPEF」に参加し、デジタル分野を含む貿易の円滑化、希少資源などのサプライチェーンの構築、脱酸素化に向けて協力することでも合意した。ユン大統領は、23日の「IPEFを発足させたオンライン会合に参加している。
今回の首脳会談によって、米韓両国は同盟関係を軍事に止まらず、新たに経済・技術分野にまで拡大した。韓国メディアの表現を借りれば、米韓同盟は朝鮮半島を越えた「グローバルで包括的戦略同盟」に「進化」し、「格上げ」されたことになる。
 
◆日米とユン政権の微妙な差異
 バイデン大統領の日韓歴訪中に、ユン大統領が展開した外交はどう評価できるだろうか。米韓と日米首脳会談の合意内容を比較し、中国を念頭に置いた「IPEF」、「クワッド」に対する韓国の対応を検証すると、その真意や背景が見えてくる。
双方の首脳会談に共通するのは、安全保障では、国際秩序の重要性を踏まえて北朝鮮の脅威に対応した、アメリカの「拡大抑止戦略」を確認したこと、「日米韓の連携」と「台湾海峡の平和と安定」の重要性について一致したことである。これについて、韓国の革新系ハンギョレ新聞は、「2018年板門店宣言以前に逆戻りか」と批評するが、日韓双方のメディアとも、ほぼ期待・歓迎の意を示している。一方、経済の分野では、日本、韓国ともにIPEFの発足メンバーとして参加した点が共通する。サムスン電子が今後5年間にアメリカ国内で260億ドル、現代自動車が100億ドル規模の投資を約束することに言及し、韓米同盟が「ウィン・ウィン」の経済・技術同盟になったと論評する記事もあった。
 その一方、双方の会談には微妙な差異が見え隠れする。ずばり、中国と向き合う温度差である。日韓ともに発足メンバーとして参加したIPEFは、「半導体」「サプライチェーン」「脱炭素化」などの分野で、存在感を高める中国をけん制する枠組みだ。IPEFの発足を批判する中国は韓国の参加に反対したという。韓国がIPEFへの参加に踏み切ったことについて、韓国の有力紙は社説や論説で取り上げ、中韓関係が今後悪化するとの懸念を伝えている。その見出しを見ると、朝鮮日報が「ポスト『安美経中(安全保障は米国、経済は中国)』時代、韓国の政府・企業は共に備えを」、中央日報が「IPEFに積極的に参加する一方で、中国の反発に賢明な対処を」、東亜日報が「IPEFが正式発足、今や中国とも向き合う時だ」、ハンギョレが「韓国の新政権、IPEF参加確定…試験台に立たされる韓国外交」など、米韓関係を優先する姿勢を鮮明にしたことで、中韓関係に難題が生まれたと論じている。
 これについて、韓国の新外相に任命されたパク・ジン氏は、「中国は…歴史的・地理的・文化的にも密接な関係にある…韓国にとっては最大の貿易相手国で、(IPEFは)特定国、例えば中国を排斥したり狙ったりするものではない」と述べ、中国に配慮する姿勢を見せた。韓国の複雑な立場とともに、日米との微妙な差異が伺える。
◆差異の根っこは対中姿勢
 韓国と日米の差異は、IPEFだけでなく、クワッドへの対応にも見て取れる。中国を念頭に自由で開かれたインド太平洋の実現を目指す「クアッド」について、韓国は一部の分野に限って協力する方針を固め、当面オブザーバーとして参加する意向を示していた。これに対し、アメリカは3月の韓国大統領選挙が終わると、クアッドの組織的・手続き的不備を理由に韓国の加入を事実上認めない判断を下す。韓国のクアッド参加は先送りされることとなった。韓国としては、対中けん制となるインド・太平洋戦略に加わるのではなく、人類のための技術や環境などの分野で協力し、正式の参加を検討していく方針だったという。クワッドの誕生の経緯や狙いを都合よく解釈した韓国の対応からは、中国に忖度する煮え切らなさが見えてくる。
 米中対立が厳しさを増すなか、IPEFであれ、クアッドであれ、アメリカの新たな対中戦略であり、アジア戦略だ。韓国は、中国に対する貿易依存度が2020年でおよそ25%と高く、自ずと「親中」外交を繰り広げる一方、中国は何かにつけて外交圧力を強めてきた。パク外相は「相互尊重に基づいた健全で成熟した韓中協力時代を実現させる」という。しかし、韓国の対中外交がすぐに変貌するとも思えない。実のところ、巨大な中国経済と密着した韓国の経済産業構造が変り、韓国が参加したIPEFが大きく成長することが必要だろう。韓国が前政権からの「親中」から脱皮するのは容易ではない。
◆日韓関係は改善に向かうのか
 5年ぶりの政権交代を実現したユン大統領は、選挙期間中から悪化した日韓関係を修復するという、強い意欲を表明してきた。今回の米韓首脳会談では、バイデン大統領が日韓関係の改善にも言及している。岸田首相も最悪の日韓関係を懸念し、ユン政権の対応を慎重に見守っている。パク外相は、徴用工裁判や慰安婦などの歴史問題をはじめとする懸案について、大統領就任式を前に林外相と協議している。パク外相は、「正しい歴史認識を基に、共同の利益と価値に合致する協力関係を築いていく」と述べたという。また、懸案に合理的解決策を模索する姿勢を示し、近く訪日する方向で調整が行われているという。
 徴用工、慰安婦、竹島(韓国の独島)、教科書、旭日旗、靖国など、一連の歴史問題は、韓国内の複雑な反日感情とも絡む。日韓の溝は大きく、一筋縄で解決できるとは思えない。また、徴用工と慰安婦の問題は日韓請求権協定という、国際法にも関わる国家間の問題で、双方が満足できる解決策を見いだせないまま推移してきた。問題解決には、民主主義や法の支配といった普遍的価値に加えて、時に政治決断が求められよう。ところが、韓国の国会は今、ユン政権を支える与党が少数派の「ねじれ状態」にある。2年先の総選挙で与党が勝利するかどうかは予測できないが、当面、野党は対決姿勢を示すものと見られる。ユン大統領の政策はどれも野党の批判を浴び、そのリーダーシップが絶えず問われよう。
 ユン大統領は、就任演説で国内外の難題に触れ、「私たちが普遍的価値を共有することが非常に重要」と指摘し、「自由の価値をきちんと、そして正確に認識しなければならない」と強調している。国際秩序が今、大きく軋む。ユン大統領の言う、自由、民主主義、法の支配といった「普遍的価値」を共有することの意味が改めて問われよう。そして、韓国、日本の外交手腕が日韓関係の修復をめぐってまず試される。
羽太 宣博(元NHK記者)

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