韓国大統領選挙:最終盤で注目すべき点

1)最新の選挙情勢
 韓国の大統領選挙は、3月9日の投開票日まで1か月余りとなった。有力候補の支持率は目まぐるしく上下動を繰り返し、順位が入れ替わる。選挙戦が最終盤に入った今なお、何が起こるか分からない。一寸先は闇だ。
 今度の大統領選挙は、革新系与党「共に民主党」のイ・ジェミョン候補と保守系最大野党「国民の力」のユン・ソギョル候補による、一騎打ちとの見方が一般的だった。ところが、野党のユン候補の支持率が昨年末から下がり始め、波乱含みに転じた。両陣営は、これまで政策論争を二の次にして、激しいスキャンダル合戦を繰り広げてきた。このうち、ユン候補の妻の経歴詐称問題を巡っては、12月下旬、本人が疑惑を認めて謝罪する事態となった。また、ユン候補は、新年早々、内紛続きの選挙対策委員会の体制刷新を図った。こうした異例の事態に、ユン候補は大統領としての資質が問われ、中道系野党「国民の党」のアン・チョルス候補が浮上する。アン候補の支持率はイ・ユン両候補に迫るものではなかったが、若年・中道層の支持がユン候補からアン候補に回ったものと見られる。これによって、選挙戦は「2強1中(聯合ニュース)」とも表現される、三つ巴の混戦に変容することとなった。
 危機感や焦りを募らせるユン候補も必死だ。選挙対策委員会をすでに離脱していた、「国民の力」の若き代表・イ・ジュンソク氏との関係を修復する。さらに、20代男性が特に批判的とされる「女性家族部」の廃止や韓国軍兵士の給料を月200万ウォン(約19万円)に引き上げるなどの公約を矢継ぎ早に打ち出す。こうした若年層を狙った選挙戦が功を奏し、1月中旬以降支持率が回復傾向を見せている。革新系政権の継続か政権交代かを掛けて、与野党は死に物狂いで選挙戦を繰り広げている。先行きは、なお流動的と言うほかない。

2)支持率は上がったり下がったり
 大統領選挙の世論調査に関連して、1月14日、韓国の保守系「朝鮮日報」が興味深い記事を伝えている。「こんな世論調査があるか・・・」と題した記事は、2つの世論調査を紹介し、同じ調査方法で調査日もほぼ重なるにも関わらず、与党のイ候補と野党のユン候補の支持率がそれぞれ9ポイント、6ポイント差で真逆になっているという。こうした支持率の上下動や順位の入れ替わりは、各候補が出そろった11月以来、ずっと続いてきたことであった。朝鮮日報の記事は、今回の混戦ぶりを象徴するものとなった。
 ユン候補は最大野党の候補に決まって以降、与党のイ候補を大きくリードしてきた。ところが、前述したように12月に入って下がり始め、31日(発表日:以下同じ)の調査では、イ候補が35.6%、ユン候補が30.8%と5ポイント近くも差がついている。1月になると、ユン候補の選挙態勢が混乱したことも影響して、イ候補がさらにリードを広げた。1月5日の調査では、イ候補33.4%、ユン候補18.4%となり、アン候補が19.1%まで支持率を上げている。ところが、1月中旬になると、ユン候補の支持率がじわじわと回復する。18日の調査では、ユン候補32.8%、イ候補31.7%、アン候補12.2%と、ユン候補が再び逆転してリードする。しかし、接戦には変わりなく、程度の差はあっても今後も上ったり下がったりするだろう。
 こうした調査結果について、革新系「ハンギョレ新聞」は20日付けのコラムで、「回答者の政治スタンスが調査によって大きく異なる」と伝えている。世論調査会社では、性別、年齢、地域別分布を考慮しながら回答者を選ぶが、革新系と保守系の割合、またどちらが積極的に回答したかが結果を左右すると分析している。支持率の変動の激しさの背景には、ほかに何があるだろうか。
 
3)支持率が変動する訳
 韓国世論は一般に情緒的と言われている。時々の情勢に敏感に反応し、世論調査の結果が大きく変わることも十分あり得よう。しかし、今回の選挙における支持率の上下動は異例なもので、世論調査の弱点や韓国の国民性だけで説明し切れるものではなかろう。
 その背景にあるものをいくつか挙げてみよう。まず、与党のイ候補も野党のユン候補も、国政経験がまったくないこと。両候補とも国政課題に対する認識が浅く不十分で、政策論争に乏しく、相手候補をやり込めるスキャンダル合戦に傾注してきた。有権者からすれば、各候補の大統領としての魅力・資質を判断する材料に乏しい。次に、雇用、不動産価格など国民が苦しむ生活に密着する問題では、財政的裏付けがない公約が目立つ。全体の2倍に当る9%もの失業率に苦しむ若年層、ソウルのマンション価格が1億円を超えるという、貧富の格差のど真ん中にいる中間層は、ただ失望感を募らせるばかりだという。さらには、「脱毛症への保険適用」、若い男性が批判的な「女性家族部の廃止」、「兵士の給料200万ウォン(約19万円)」など、苦しい財政を無視した思いつきとも取れる公約も多い。若年層を狙った人気取り、ポピュリズムそのもので、有権者が支持候補を定めにくいのも無理はない。このポピュリズムについて、保守系「中央日報」は7日付けの社説で取り上げ、「甘い公約を乱発して財政を考慮しないのは・・・リーダーの姿勢ではない。与野党は共に国民を欺くことができるという誘惑に駆られてはいけない。国民は馬鹿ではない」と厳しく戒めている。

4)最終盤で注目すべき点は・・・
 韓国の大統領選挙は、与党「共に民主党」のイ候補と野党「国民の力」のユン候補が激しく争う。3月9日の投開票日までに何が起こるのだろうか。注目すべきことが3つある。
 まず、今回の選挙では若年・中間層がキャスティングボートを握ると評され、その動向が気に掛かる。今回の選挙は、2021年12月に被選挙権も18歳以上に引き下げられて初めての国政選挙だ。全体の有権者の2~3%に当たる10代の有権者が大統領選挙にどんな関心を示し、だれに投票するのだろうか。
 2つ目は、年明けから存在感を高めたアン候補が今後どう動くかも注目される。2012年の大統領選挙で、アン候補は投票日まで1か月を切った土壇場で出馬を辞退し、パク・クネ前大統領と接戦を繰り広げていた今のムン・ジェイン大統領を支持すると表明している。また、2021年のソウル市長選挙でも出馬を辞退して野党系候補の一本化を図り、今の保守系市長の誕生に寄与している。政権交代を求めるアン候補の公約や今後の支持率によっては、ユン候補との一本化というサプライズもあり得よう。
 3つ目は、支持率を大きく変える世論戦の行方である。1月7日付けの朝鮮日報によれば、与党「共に民主党」の選挙対策本部の一部職員がインターネット上にチャットルームを開設し、イ候補を組織的に支持するコメントを掲載したという。選対本部では、「自発的な参加であり、違法の恐れはない」と説くが、野党は「政党による世論介入」と批判している。また、今後懸念されるのは、過去2回の大統領選挙で行われた組織的な「世論誘導・操作」にほかならない。2012年の選挙では、当時の国家情報院の「心理戦団」が当時の野党候補だったムン大統領を批判するコメントを発信したもので、当時の院長らが有罪となった。また、2017年の選挙では、ムン大統領の腹心が不正な世論操作に関与し、有罪となっている。
 外国からの世論操作にも留意する必要がある。1月15日付けの朝鮮日報は韓国に亡命した北朝鮮軍幹部の話として、2012年の大統領選挙では、北朝鮮の偵察総局サイバー部隊がパク前大統領を誹謗するコメントをネット上で掲載して世論操作を行ったと伝えている。翌年の3月20日、筆者が業務していたKBSのコンピューターシステムが北朝鮮によるサイバー攻撃を受けたことがあり、外国からの世論操作も現実味を帯びてくる。
 新冷戦とも論じられる米中対立、ミサイル発射を繰り返す北朝鮮など、北東アジアは今、大きく揺れ動き、先行きは見えない。今回の大統領選挙の結果は、北東アジアのパラダイムに少なからず影響を及ぼすであろう。冷え切ったままの日韓関係にも関わってくる。新しい韓国のリーダーを選ぶ韓国の国民が問われるのは、北東アジアの厳しい現実と大量に伝わる情報を見極めるメディアリテラシーとなろう。
羽太 宣博(元NHK記者)

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