3ヶ月後に迫った韓国大統領選挙~弁護士と検事出身の対決~

1)大統領選挙の構図
韓国の大統領選挙が3か月後に迫ってきた。最大野党「国民の力」は、11月5日、前検事総長、ユン・ソギョル氏を公認候補として選出した。与党「共に民主党」は、すでに10月10日、キョンギ道の前知事、イ・ジェミョン氏を公認候補として確定している。少数野党「国民の党」代表、アン・チョルス氏らも出馬することになっているが、事実上、イ氏とユン氏の2人の争いとなる見通しだ。
今回の大統領選挙は、ムン・ジェイン政権の実績を問うことになるのは言うまでもない。また、その焦点は革新系政権が続くのか、それとも保守系が政権を奪還するのかにある。今後5年に及ぶ韓国の命運を決める選挙となるだけに、与野党による熱戦がすでに始まっている。とりわけ、相手候補の不正疑惑を告発し合う闘いが目立つ。イ候補については、キョンギ道ソンナム市長時代の都市開発をめぐる不正疑惑が、また、ユン候補も検事総長時代に与党議員の疑惑告発に関与したとの疑惑などが持ち上がり、いずれも検察の捜査が進んでいるという、火種を抱えている。
こうした動きは、与党のイ氏が弁護士、野党のユン氏が検事出身という、両候補の経歴と重なると、あたかも法廷闘争の様相にも見えてくる。弁護士対検事の構図は、前回の2017年の大統領選挙とも同じだ。ただ、今回は両候補とも国政経験がないという、初めての大統領選挙となる。選挙まで残り3か月、今後激しさを増す両候補の選挙戦が注目される。
2)イ、ユン両氏の訴え
韓国は今、内外ともに課題が山積する。コロナ禍に伴う生活苦、経済格差、少子高齢化などが深刻だ。深まる米中対立のなか、日韓、米韓の相互不信、こう着する南北関係など、国際環境も厳しい。今回の大統領選挙は、韓国が直面する難局にどう対応するのかが問われることとなる。
イ氏とユン氏は、候補者の受諾演説で何を訴えたのだろうか。イ氏は「国民が要求する変化と改革を必ず成しとげる」「国民とともに、偉大な道のりを歩き・・・」「日本を追い越し、世界を扇動する」と述べている。ユン氏は「必ず政権交代を成し遂げ・・・腐敗と略奪の政治を終わらせる」「大統領選挙は非常識のイ・ジェミョン氏との戦い」と表現した。いずれも選挙の課題・焦点は大きく捉えているように見える。
一方、国民に身近な生活・暮らしに関わる政策の提言は限られ、また、理念的に過ぎるように見受けられる。イ氏は、「強力な経済復興政策」を掲げ、すべての国民に最高50万ウォン(約5万円)の「基本所得」の給付を行うと主張してきた。これを「ポピュリズム」と批判するユン氏も新政権発足と同時に50兆ウォンを投入し、コロナ禍による営業時間と人員制限に伴う損失を全額補償すると約束している。また、不動産価格の高騰でひっ迫する住宅事情に対応して、両氏ともに250万戸の住宅を供給するとしている。苦境に立つ中小企業や青年層を意識した選挙向け公約だとしても、財源根拠のない公約として強い批判を受ける結果となった。このうち、イ氏の基本所得の政策はソンナム市長や知事時代に一部実施していたものであった。ところが、今後の経費が300兆ウォンを超えると試算され、公表からわずか3週間で大幅に縮小、見直されることとなった。こうした与野党両氏の言動は、多角的視点の欠かせない国政経験のなさが露呈する結果となったと見ることができよう。
3)大統領選挙と日韓関係
今回の大統領選挙は、日韓関係の先行きにも影響を及ぼす。与野党の両候補は、日本に対してどんな姿勢を示しているのだろうか。
与党のイ氏は、今年8月に発表した外交政策で、「日本との関係改善に果敢に取り組む」としながらも、「歴史問題には断固として対処する」と述べ、対抗姿勢を強調している。また、イ氏は与党の候補となって以降も、機会があるたびに日本に対する厳しい発言を繰り返してきた。11月10日の討論会では、「(日本は)常に信じられる完全な友邦国家なのだろうか」と述べ、不信感を募らせている。25日の外国メディアとの会見では、日本が国際法に反するとして反発する徴用工判決について、「民間人(企業と徴用工)の間で行われた判決を執行しないよう求めるのは不可能」などと発言している。問題は国家同士の関係にあることを無視している点を見逃してはならない。
一方、野党のユン氏は12日の記者会見で、「(日本とは)価値と利益を共有して信頼を構築する」「(北朝鮮に対応するためには)韓米日の強い協力が必要」と訴えている。また、26日には、ソウル市内で日本の相星駐韓大使と面会し、「日韓関係の未来のためにやり取りした」と明かし、日韓関係の改善に意欲を示していることが伺える。
イ氏とユン氏の日本に対する姿勢の違いは今、ユン氏の「親日派論議」に火をつけるものとなった。イ氏を支持する与党側は、ユン氏やその父親を「親日派」として批判し始めているという。ユン氏が親日派などと評されたことはこれまでになかったことである。ユン氏の言動は、保守系野党の候補としての立場を表明したものとみるべきであろう。これに対して、イ氏の対日強硬姿勢は「筋金入り」のように見える。イ氏は知事在任中、「親日残滓清算プロジェクト」を発足させ、生活の中に根差す親日文化の調査を進め、「親日」要素の徹底排除に乗り出したことで知られている。これまでの「修学旅行」は「文化探訪」、「遠足」は「体験学習」と変更するよう、道内の学校に要請したという。
日韓関係は歴史認識問題が拗れて最悪のままだ。韓国の議会は与党が絶対多数を占め、野党のユン氏が仮に大統領選挙で勝利しても、日韓関係が直ちに改善に向かうとも思えない。とは言っても、選挙結果は今から気に掛かる。
4)判事としての国民
11月中旬、ソウル駐在の日本人からメールが届いた。韓国では11月以降、「ウィズコロナ」の宣言とともにデモに関する規制が緩和され、大統領選挙の集会などに大勢が集まっているという。また、大統領選挙に関連して、「日韓関係が改善するのは無理と思うようになった」と述べている。どの候補が勝利するにしても、「韓国が歴史教科書を改め、国民の歴史認識を変えない限り、日韓親善は無理だと思う」とも記している。
その韓国の世論は、与野党の候補をどう受け止めているのだろうか。最新の世論調査(リアルメーター:22日、23日実施)によれば、野党のユン氏が44.1%、与党のイ氏が37%で、2週間前の調査よりも両氏の支持率の幅がやや縮小している。また、政権交代を望む割合は54.3%、与党の政権継続を望むが38.4%だった。ほかの世論調査も概ねユン氏リードの傾向は今のところ変わりない。しかし、韓国の世論調査は小さな情勢の変化にも敏感に反応する特質を持つ。今後の情勢次第で、調査結果が大きく変動することに留意する必要がある。
権力の掌握を目指す選挙は、時々の情勢によって変わりやすい、「水物」である。2012年12月の大統領選挙の際、筆者はKBSラジオ国際放送に勤務し、その推移をずっと見守った経験をもつ。選挙の構図は、パク・クネ前大統領と今のムン・ジェイン大統領に加え、今回の選挙にも出馬する「国民の党」代表、アン・チョルス氏による三つ巴の争いと目されていた。ところが、投票日の1か月前、アン氏はムン大統領の支持に回ることで出馬を辞退し、大騒ぎとなったのを鮮明に覚えている。アン氏は、当時、若者に絶大な人気を博していたものの、国政経験がまったくなく、討論会を繰り返すうちに支持率が急落してしまう。人気トップの候補も圏外に落ちるという、実例となったのである。今回の選挙でも、与党のイ氏、野党のユン氏もそろって国政経験がない。両氏の言動は、アン氏のたどった成り行きを教訓に今後も注目する必要があろう。
今回の大統領選挙を弁護士と検事出身の一騎打ちと準えれば、判事は韓国の国民となる。日韓関係を注視する立場からは、その審判が歴史認識問題で問われている、法の支配と正義に沿ったものになるよう期待したい。
羽太 宣博(元NHK記者)

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