シリーズ コロナ後5年の世界 Ⅹ
「食料危機に直結する中国の水不足」

 20世紀が石油争奪の世紀であったとすれば21世紀は「水争奪の世紀」とされる。コロナ禍が、予防の基本である手洗いもできない人が20億人になんなんとすることを浮かびあがらせ、世界の水不足をあらわにした。

 水不足は地政学なども関係する微妙かつ複雑な問題だ。アフリカ大陸の中央部にあるチャド湖は気候変動や人口増により、湖面が1960年代と比べて1割以下に縮小し、周辺国に大きな緊張をもたらしている。降雨量の少ない中央アジアや中東では水を巡る紛争は頻繁に起こってきた。比較的水資源に恵まれるとされるアジアでも多くの国で健康や経済的に必要な、安全で安定した水が確保できていない。だが、経済発展の著しいアジアでは地域全体で2030年までに水の需要が供給を40%も上回るとされ、事情はさらに悪化が見込まれる。

 水不足の地政学で重要なのは実はアフリカでも中東ではない。インド、中国だ。それはアメリカが人口での世界シェアは4%だが、世界水資源に占めるアメリカの比率は6%で、年30億トンの豊富な水をもつのに対し、中国とインドは人口シェアでは18%と17%を占めながら水資源量での世界シェアは6%と4%でしかないからだ。

 中印とも植民地、半植民地時代の反省から治水事業やダム建設には力を入れ、それなりに整備をした。中国で代表的なのは20世紀後期から建設を続けてきた長江の水を北の天津や北京に運ぶ全長1400キロの二つの用水路「南水北調」だ。構想では、たとえば三峡ダムも、洪水調節や発電などの機能を持つだけでなく、黄河方面へ水資源を分配する機能も担うもので、総工事は14年に完成した。だが500億元を投じた大プロジェクトが完成しても大々的な記念式典は行われなかった。北京、天津における人口増は計画時を上回り需要増に追いついていない一方、汚染の懸念から飲用に適する水準が確保できていないからだとされる。黄河でも、植林などで水質と土壌改善をしようとしているがかえって水量が減るなど苦心惨憺だ。このため華北では、地下水位が数十メートル下がったり、水質汚染が酷くなっている。

 では、大量の水が足りなければどうするのか。食糧、エネルギーの形で輸入する以外にない。世界の水の7割が農業で使われている。そこに着目してバーチャルウォーター(仮想水)の考え方を提唱しているのがロンドン大学東洋アフリカ学科名誉教授のアンソニー・アランだ。小麦1キロを作るには水が1トン、米1キロを作るには水が2トン、牛肉1キロには水20トン程度が必要となる。

 水不足の中国が仮想水を求めた地が東南アジアということになる。その代表例がメコン川の支配、わけても水資源が豊富なラオスだ。中国は「怒涛の援助」でラオスに影響力を及ぼし、ラオスのコメ輸出の9割を中国に振り向けさせている。

 それでも中国の食糧は足りなくなっている。中国は、19年に884億ドル相当の食品や飲料を輸入しており、20年も食料輸入は拡大している。こうした数字と国内動向をみながら、中国ウォッチャーは、中国の食糧自給率は19年は78%前後にまで下がり、20年は天候の影響などで76%前後だったと推計している。

 アメリカは中国に必死になって農産物を買うよう働きかけている。習近平は、「食べ残し」が宴会の礼儀の国で、それを厳禁した。アメリカ依存を減らそうというのだ。だが、世界的な水・食糧不足の到来を考えれば食糧を手に入れたいのは中国の方なのだ。

高橋琢磨(元野村総合研究所主任研究員)

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