文大統領最後の光復節演説~日韓関係に進展望めず~

1)2021 光復節とムン大統領

 8月15日は、日本、韓国ともにその歴史を振り返る、最適な一日となる。日本は「終戦の日」を迎え、戦没者を追悼するとともに、平和を祈る。韓国では、35年に及ぶ日本の植民地支配からの解放を祝う「光復節」だ。歴代の大統領が国民に向けて演説し、韓国の歴史や国家を見つめ、民族の誇りを鼓舞する。その演説は、日本への強硬姿勢を露わに示す「夏の行事」でもある。

 今年の光復節は、東京オリンピックをめぐって、日韓が対立・応酬を繰り広げた直後となった。ムン大統領が強く期待した日韓首脳会談は双方の思惑の違いから実現できなかった。また、韓国は、フクシマの「汚染水」問題で非科学的な言動を繰り返し、竹島・旭日旗問題でも日本を非難し続けた。選手村ではIOCが「政治的宣伝」と判断した垂れ幕を撤去する騒ぎも起きている。韓国が剥き出しにした日本への対抗意識は、勝負へのこだわりというより独自の歴史観によって政治色を帯びた反日感情だった。 

 こうした葛藤の最中、今年の光復節を迎えた。ムン大統領は最後となった光復節演説で、どこまで強い対日対抗策を打ち出したのだろうか。

2)対話路線は利己主義

 ムン大統領による今年の光復節演説(大統領府・青瓦台のHP掲載の日本語版)は、全体の文字数がおよそ7400文字だ。目を引くのは、「世界トップ10の経済大国」「昨年の輸出額は初の100億ドル突破」「新しい成功モデル」といった言葉が溢れていた点だ。ムン大統領は、昨今の韓国の発展ぶりや国際社会における存在感の高まりを称賛し、「品格のある、平和な先進国になりたいという夢」を実現しようと国民に訴えた。また、「途上国から先進国へと発展した韓国の成長経験と・・・培ってきたソフトパワーを土台とし、新しい時代の価値と秩序形成に向け、先頭に立って(いく)」とも述べ、国際社会で果たす韓国の役割を強調した。

 一方、日韓関係に関する件は約600文字に過ぎない。加えて、「日本」や「日韓」の言葉は去年の8回に比べてわずか3回だった。日本関連の内容が希薄化したことはいうまでもない。演説では、「(日韓)両国の懸案・・・に対応するため、対話の扉は常に開けてある」と述べ、日本批判を控える一方、日本との対話に前向きな姿勢を打ち出している。また、「正さなければならない歴史問題」と表現したうえで、「国際社会の普遍的な価値と基準に合う行動と実践で解決していく」と強調した。しかし、慰安婦や徴用工問題などをめぐって、具体的な解決策には一切言及していない。昨今、日韓関係が悪化したのは、慰安婦問題であれ、徴用工問題であれ、ムン政権が国際社会の法とルールを無視したことがきっかけである。ムン大統領が何ら具体策を示さず、「国際社会の普遍的価値と基準」で解決すると明言しても、これまでの自らの言動を棚上げした、利己主義というほかない。

3)ムン大統領演説の変質

 光復節での大統領演説は、その時々の国内外の事情により、微妙に変化する。ムン大統領がこれまでの演説で示した「対日姿勢」は、どのように変質してきたのだろうか。

 2017年は、ムン大統領にとって初の光復節演説となった。就任間もないムン大統領は、自らの生い立ちから育んだという、独自の歴史観・国家観を披瀝し、歴史認識問題をめぐる日本の対応に強い不満を表明した。2018年には、光復節の前日を「慰安婦の日」と定め、慰安婦問題が大きな焦点となった。この日、ムン大統領は「被害者中心主義」を掲げた。日韓慰安婦合意(2015年)は元慰安婦たちの問題を解決できないとし、この国際合意を反故にしたことで、日本からの批判を浴びることとなる。2019年は複雑な事情が渦巻くなかでの光復節となった。半導体の素材をめぐって、日本が輸出管理を強化したことに韓国が強く反発し、日韓関係は次第に深刻な事態に陥っていく。ムン大統領は「我々は二度と日本には負けない」と述べ、強硬な対抗策を打ち出し、GSOMIA・日韓軍事情報保護協定の破棄を示唆する。仲介に立ったアメリカは、日米韓の関係を重視する立場から協定を維持するよう強く求め、韓国はこれに応じたかたちだ。韓国の市民の間では「NO JAPAN」運動が拡大し、反日・嫌韓の応酬が続く。こうした一連の動きに、ムン大統領は韓国を取り巻く環境の厳しさを悟ったという。日本への対抗姿勢だけでは問題の解決につながらないことを思い知ったのだろう。演説前には厳しい対日姿勢を打ち出したムン大統領も、「日本が対話と協力の道に出てくるなら、我々は喜んで手を握る」と述べて対話路線を掲げ、日本批判を控えた。2020年も徴用工問題を念頭に「韓国はいつでも日本政府と向き合う準備ができている」と強調し、対話姿勢を維持した。

 今年の光復節はムン大統領にとっては5回目、また最後となった。これまでの演説で示した対抗姿勢が徐々に対話姿勢に変質した背景には、歴史認識に基づく韓国の対日強硬策が国際社会の普遍的価値と基準に照らして必ずしも受け入れられないという、現実があったからにほかならない。

4)ムン大統領演説とアメリカの影

 ムン大統領の対抗姿勢が対話姿勢に変質したことについて、韓国のメディアはどう分析しているのだろうか。保守系の中央日報は15日付け記事で、「2020年末から続いてきた対日和解基調の延長に近かった」「日本の要求する解決策に対する意志表明もなかった」とし、冷静に伝えている。また、東亜日報は16日付け社説で、「2017年の就任以来、日本の過去の反省を求める強硬な主張を続けたムン氏だが、昨年からそのトーンを和らげ、対話による関係回復に重きを置いてきた」と論じ、「虚しい原則的なメッセージに留まった」と手厳しい。一方、革新系のハンギョレ新聞は16日付け社説で、徴用工や慰安婦問題が複雑な輸出規制などにも絡み、「任期中に解決することは事実上難しいと判断したため」と説き、ムン大統領に一定の理解を示している。

 中央日報の記事のうち、気になる表現がある。「昨年末から続いてきた対日和解基調」との件だ。これは、ムン大統領が就任以来の厳しい対日姿勢を「対日和解基調」に変質させた時期が「昨年末」だとする見方にほかならない。確かに、ムン大統領は2019年から対話路線を打ち出している。しかし、対日和解基調が鮮明になったのは昨年末であり、それはアメリカのバイデン大統領が誕生した時期と重なる。

 バイデン大統領は、2020年11月3日の選挙に勝利し、12日にムン大統領と電話会談している。バイデン大統領が「同盟国」を重視し、北朝鮮の核開発問題をめぐって日米韓の枠組みを重視するとの外交方針は、大統領に就任する前の昨年末から伝えられていたことだ。南北融和や朝鮮半島の平和に最も力を注ぐムン大統領にとっては、アメリカが日韓関係の改善を強く求めていることを踏まえ、日本との対話路線を示すほかない。対日強硬策はバイデン政権への裏切りにもなろう。

 ムン大統領の残り任期は8か月余りとなった。次期大統領選、コロナ対策、若者の雇用問題など、課題は山積する。具体策が出せないまま、日本との対話姿勢は言葉だけで終わりそうだ。日韓関係に進展は望めず、最悪の関係が続く。

  羽太 宣博(元NHK記者)

 

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