東京オリンピック ~日韓の明日は見えない~

1)東京オリンピックと日韓

開催をめぐって賛否の渦巻くなか、東京オリンピックが開幕した。感染拡大の続くコロナ禍、1年延期、無観客、猛暑という、異例ずくめの「スポーツ祭典」となった。1万人もの選手がメダルをかけた熱戦とともに、冷え切った関係の日本と韓国が激しい対立・応酬を繰り広げた。来日した世界の要人も限られ、「オリンピック外交」が控え目だった分、日韓の確執が際立つ。

なかでも気になるのは、韓国の「大韓体育会」が韓国代表チームのために給食センターを設置したことである。選手村で使われる福島産食材が放射能に汚染されているとの不安から設けたという。大会期間中、主に韓国産食材を使って弁当を作り、仕入れる日本食材を検査するための放射線測定器も持ち込んでいる。東日本大震災に伴う福島第一原発の事故以来、韓国は「フクシマ」の言葉と重ね合う放射能汚染に強い懸念を示してきた。この給食センターは当然の成り行きなのかもしれない。一方、日本からすれば、当初より「復興五輪」と位置づけた東京オリンピックだけに、科学的にも安全な福島産の食材を使えば、その復興ぶりを世界に示す絶好の機会でもある。福島では、農地の除染や安全対策を施し、玄米、野菜・果物、畜産物、栽培きのこなどが6年以上も基準値を下回っているという。また、出荷される食材はすべて厳しい基準に合格したもので、科学的にも安全なことが実証されている。韓国の選手たちが栄養的に食べ慣れた韓国産食材を食べたいというのであれば、その希望は理解できよう。とはいえ、科学的な根拠も示さず、徒に福島産食材に懸念を示せば、風評に苦しみながら復興を目指す福島の人々に冷水を浴びせてしまう。

東京オリンピックをめぐり、「フクシマ」に敏感な韓国に触れるにつけ、オリンピックの東京開催が決まった、あの瞬間が甦ってくる。

2)「フクシマ」にまつわる韓国

東京でのオリンピック開催が決まったのは、2013年9月8日早朝だった。筆者はKBSラジオ国際放送に勤務し、ソウル駐在中だった。当時の韓国は、メルトダウンを起こした原子炉を冷却した「汚染水」が大量に海に流出したことで、海産物への不安・懸念が根拠もなく広がっている最中だった。開催地決定の2日前には、韓国政府が福島近隣8県の水産物の輸入を全面的に禁止することを明らかにした。ソウルのスーパーでは、日本産鮮魚が消え、何故か韓国産も売れ残るという光景を何度も見ることとなった。また、開催地を選ぶ直前だけに、日本ではオリンピックの東京開催を妨害する動きとして受け止め、強く反発する声も出た。オリンピックの開催地が気になる筆者はソウル近郊のアパートで早起きし、ネット上の国際放送・NHKワールドがブエノスアイレスから生中継で伝える、IOC総会の映像に見入った。ロゲIOC会長(当時)が「TOKYO」と発した瞬間、妙な興奮と日韓関係の先行きを懸念する複雑な思いに駆られたのを鮮明に覚えている。

当日は日曜日だった。KBSの職員がメールで送ってきた東京決定のニュース原稿は、私が在宅のままオンラインでチェックし、午前8時56分に出稿している。翌日には「“2020東京五輪” 韓国も高い関心」と題する原稿を出稿した。その原稿は、韓国の保守系大手紙、朝鮮日報と中央日報の社説がオリンピックの東京開催を歓迎する一方で、福島の汚染水問題を懸念していると伝えるものであった。また、汚染水では、当時の安倍首相がオリンピック招致の最終スピーチで、「the situation is under control(状況は制御されている)」と訴え、日韓ともに論議が巻き起こっている。その関連原稿もしばらく続いた。

韓国の水産物の輸入禁止措置については、その後、日本がWTO=世界貿易機関に提訴し、1審では勝訴、最終審で敗訴した。その節目ごとに、日韓が激しく応酬し、韓国は今でも禁止措置を維持している。「フクシマ」をめぐっては、今年4月にも新たな火種が生まれた。福島原発の敷地内に貯まる大量の「処理水(汚染水を処理したもの)」について、日本政府は国際基準を大幅に下回るまで希釈し、2023年以降、海に放出すると決めたからだ。水産関係者の不安解消が課題として残るが、韓国を含む世界の原発が大量の処理水を海洋放出しており、IAEA=国際原子力機関やアメリカはすぐに日本の立場に理解を示した。韓国内では、原子力委員会が「影響はほとんどなし」との報告を事前に明かしていたが、日本に撤回を求める動きが続いている。「フクシマ」にまつわる韓国の言動は、東京オリンピックの決定から8年経つ今も、科学的見地からはかけ離れたままに変りない。

3)根っこにあるのは歴史認識

東京オリンピックで鮮明になった日韓の葛藤は、「フクシマ」問題だけに止まらない。開会式に合わせた日韓首脳会談が見送りになり、冷え切った日韓関係を象徴している。ムン大統領が打診したとされる会談は当初、関係改善のきっかけになると期待する声も韓国内から上がっていた。開催に向けた交渉では、日本が国際法に反する現状を解決するよう求めたのに対し、韓国側はこれと言った対応策を示さなかったという。また、韓国側は「汚染水の海洋放出」や「半導体素材の輸出管理強化」の問題などで、何等かの成果に期待したという。調整は結局物別れに終わり、菅首相とムン大統領の対面による初会談は見送りとなった。

竹島(韓国のトクド)問題では、韓国はいつも強硬に対応する。聖火リレーのコースを示した地図に肉眼では見えないほどの点として竹島が掲載されているとして、韓国は日本に修正を求めた。IOCが「単なる地政学上のもの」と判断すると、IOCも批判する。また、韓国選手団が選手村のバルコニーに掲げた横断幕が問題となった。横断幕は豊臣秀吉の朝鮮出兵と戦い、「抗日の英雄」とされるイ・スンシン将軍の言葉にちなみ、韓国選手団を鼓舞する標語が記されていた。こちらは、IOCが「政治的宣伝」と判断し、韓国側も撤去している。さらに、旭日旗問題も持ち出した。2012年ロンドンオリンピックのサッカー3位決定戦で、日本に勝利した韓国選手が「トクド(竹島)は我が領土」と書かれた紙を掲げてグランドを回り、FIFA・国際サッカー連盟から処分を受けたことがあった。それ以降、韓国はグランドでの「旭日旗」を問題視し、異常な反感を示すようになっている。今回は、ゴルフ日本代表チームのユニフォームに「日の昇る国を表現する斜めの線」が入っているとして、旭日旗を連想させるという。その過剰な反応には驚くが、先入観というほかない。

今回の東京オリンピックで韓国が問題にしたのは、「フクシマ」に加え、慰安婦、徴用工、竹島、旭日旗と多岐にわたっている。韓国は、日韓が対立・葛藤する、歴史認識問題をこぞって提起したと言ってよい。

4)明日の見えない日韓関係

韓国が剥き出しにした日本への対抗心は、単に「勝負」の熱い思いだけではない。一連の韓国の言動を見れば、勝つことへの執念が「フクシマ」、「歴史認識」によって増幅し、政治色を帯びた反日感情に変質したと言ってよい。

こうした動きが顕著になったのは、今のムン政権になってからだ。2018年の「戦時徴用をめぐる最高裁判決」や「日韓慰安婦合意の反故」は、いずれも国際秩序を維持する国際法や原則に背くもので、日韓関係の根底を崩しかねない点で深刻である。その根源には、「我々は日本に二度と負けない」という、ムン大統領の言葉が象徴する歴史観が横たわっている。それは日本の植民地支配を無効とする昨今の国家観にも通じ、韓国にとっては決して譲歩しない、また、できない問題である。

ムン大統領の残り任期は9か月となった。就任以来、力を注ぐ南北融和で成果を残し、「レジェンド」になりたいと思っているに違いない。また、来年3月の大統領選挙は与野党候補の激戦が予想され、これからムン政権の政権運営が厳しく問われよう。不安定な支持率はレームダック化を予感させ、ムン大統領はいくつもの課題を抱えることとなる。日韓関係の改善は新政権の発足以降になると見るのが一般的だ。

明日の見えない日韓関係は、今の韓国ではどう見られているのだろうか。拡大するコロナ禍にソウルで在宅勤務を続ける知人から、先日メールが届いた。メールは「給食センター、竹島、日章旗などで大騒ぎし、ボイコットまで叫んだのに、競技が始まったらオリンピック一色・・・、みんな楽しんでいるよう」と記し、言行の不一致が気になるという。また、日本に住んだことのある韓国人からは「険悪な日韓関係に、日本人同僚の心が読めず、困っている」と綴り、日本人と韓国人同士の心の葛藤に不安を募らせる様子が伺える。

東京オリンピックの開催が決まったあの瞬間に覚えたのは、日韓関係の先行きへの懸念だった。あれから8年、懸念は危機感さえ覚える憂慮に変り、大会の閉会後も続くのだろう。

羽太 宣博(元NHK記者)

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