G7 サミットとムン政権の試練

  • G7招待で歓喜の韓国

G7サミット・主要7か国首脳会議が6月11日から13日まで、イギリスで開催された。その最大の焦点は、軍事・経済的に存在感を強める中国に対抗し、G7各国が結束してどんな戦略を打ち出すかであった。今回のG7には、オーストラリア、インド、南アフリカとともに韓国が招待された。韓国ウォッチャーとしては、とりわけ韓国の反応ぶりに興味を覚えた。

バイデン大統領は、今回のG7について、中国の専制主義を念頭に「世界の民主主義を団結させるためのもの」と表現している。また、議長国イギリスのジョンソン首相は、G7に韓国、オーストラリア、インドを加えた民主主義10か国の枠組み「D10」構想を1年も前に打ち出していた。今回のG7に韓国が招待された背景には、自由、人権、民主主義という、国際社会共通の価値観を持つ国として、「反中連帯」に引き込む狙いがあったのは言うまでもない。

G7の拡大論は、これまでも様々な形で繰り返されてきた。D10構想が仮に進展するにしても、刻々と変る国際情勢にあってなお曲折も予想される。とはいえ、韓国では、G7への招待を名実ともに先進国入りを果たした「お墨付き」として受け止め、異常なまでの歓喜ぶりを示した。帰国したムン・ジェイン大統領は「近現代史のつらい歴史・・・にもかかわらず、韓国国民は輝かしい経済成長と民主主義をともに発展させ、世界から認められる国になった」と歴史的な意義を強調した。加えて、「(韓国は)重要な国際懸案を議論し解決する核心的役割をすることになるだろう」と述べ、先進国としての地位を国民に誇示している。ムン政権を支える与党「共に民主党」のソン・ヨンギル代表は、「世界的な先導国家への大韓民国の地位と国の品格をもう一度確認する契機になった」と自賛した。これら過剰にも見える韓国の反応に、違和感を覚えたのは私だけだろうか。

  • G7とムン政権の間合い

朝鮮半島の歴史と平和問題もあって、韓国は地政学的に中国と密接な関係を持つ。また、経済的な結びつきも年々高まり、2020年の韓国の対中貿易依存度は25%を超えている。中韓関係は歴史・地政学的、経済的に「特殊な関係」にある。親中的と評される韓国が対中戦略を打ち出すG7に参加するとあっては、G7と「間合い」を取ろうとしたのも無理はない。

それを象徴するのがG7直前に行われた中韓外相の電話会談だ。中国側の発表では、王毅外相がアメリカの「インド太平洋戦略は冷戦的思考に満ち・・・地域の平和と安定に役立たない」と批判している。また、「中国と韓国は政治的共感を維持し、偏見に囚われてはならない」と強調したという。これに対し、チョン・ウィヨン外相は台湾問題に触れ、「韓国は『一つの中国』の原則を堅持し、(中国と台湾の)両岸関係の敏感性を認識する」と述べたという。G7直前というタイミングで、米国の主導する「反中連帯」を警戒する中国が韓国をけん制し、韓国は中国の立場に配慮してG7と一定の間合いを取る姿勢を示したように見える。

最大の焦点となった中国に対する戦略は、首脳宣言に盛り込まれている。宣言は初めて中国を名指しし、人権や基本的自由を尊重するよう求めている。東・南シナ海における現状を一方的に変更する中国の動きに懸念を示し、台湾海峡の平和と安定の重要性に初めて言及した。さらに、中国の巨大経済圏構想「一帯一路」に対抗する、途上国のインフラ整備の支援策も発表している。中国への対抗姿勢を鮮明にしたこの宣言には、韓国は関与せず署名もしていない。韓国が関わったのは、招待国も加わった「開かれた社会声明」である。この声明は中国の国名や地名には一切言及していないが、民主的な価値及び多国間主義に対する共通の信念を再確認したものであった。この声明について、ムン大統領に随行した政府関係者は、「特定の国を狙う内容は全くない」と述べ、韓国としては対中戦略ではないとの認識を示している。韓国とG7との「間合い」が浮かび上がってくる。

  • 変らぬ「綱渡り外交」

G7とムン政権との「間合い」は、中国との「特殊な関係」を背景とした、いわゆる「米中綱渡り外交」の延長である。ムン政権としては、国民に向けてひたすら成果を誇示するほかない。「共に民主党」のソン代表は、「アメリカやイギリスなどの主要国がムン大統領を配慮する様々な姿の中で、事実上G8の役割を果たしたとの評価を得た」と称賛している。

韓国メディアはどう伝えたのだろうか。まず、革新系ハンギョレ新聞は、「韓中関係の 『ニューノーマル』」と題する論説(18日)で、「国際秩序が急変しているこの時期に、(外交上の)原則を明確にし、決定に責任を持とうとする姿を見せなければ、G10に仲間入りしたという韓国の国際的信頼度は揺らぐ」と懸念を示した。また、「現在の『中国式秩序』には同意できない部分があり、より肯定的な代案を提示したいというシグナルを発信していく必要がある」と説く。保守系中央日報は、「米中新冷戦、変則外交では限界」と題するコラム(22日)で、「新冷戦がどこに向かうかは明確でないが・・・自国側に立つべきだという米中双方の圧力が強まるのは間違いない。ではどうすべきなのか。重要なのは慎重に方向を決めた後・・・これに合わせて動くという点だ。しかし現政権の外交を見ると明確でない」とやはりムン外交を暗に批判している。保守系東亜日報も社説(12日)で英国が提案したD10構想を取り上げ、「核心は民主主義、人権といった規範の国際連帯だ。そのような原則に声も出せない『見物外交』では、さらに『米国に同調すべきでない』という中国の脅迫に萎縮する『辺境外交』では、国際社会に韓国の居場所はない」と厳しく指摘し、明確な外交方針を打ち出す意味を論じている。

総じて、韓国メディアは、革新系であれ保守系であれ、ムン政権の固持する「綱渡り外交」は昨今の国際事情に照らして韓国の信頼感を損ねると警告しているように思われる。

  • ムン政権と今後の試練

今回のG7で韓国も合意した「開かれた社会声明」は法的強制力を持たない。とはいえ、人権、自由、民主主義、法治主義という秩序を共通の価値として再確認する、参加国の公約にほかならない。この秩序を無視、あるいは損なう国があれば、中国であれそれ以外の国であれ、結束して立ち向かうこととなる。

ムン政権が綱渡り外交に固執すればするほど、その曖昧さのゆえにG7各国から厳しい目が向けられよう。G7に招待された韓国が「中国を名指ししていない」と弁解しても、中国がこれを甘受するとは考えにくい。対中戦略を話し合うG7に招待され、歓喜して参加したこと自体が中国に対抗する意志表示にならないだろうか。中国は今後、何らかのタイミングで韓国に報復することも予想される。また、一向に改善しない日韓関係をめぐっては、G7の直前、元慰安婦や戦時徴用をめぐる裁判で日本の主張にそった判決が出て、ムン政権の対日姿勢に変化が見え始めたように見える。今回のG7では、日韓が簡易な首脳会談を調整してきたものの、実現できなかったという。これに対して、韓国は、日本が一方的にキャンセルしたと主張し、日本の対応を「小児病的」「悪い癖」などと酷評し、日韓の不信感は深まるばかりだ。また、先の米韓首脳会談の直前にも中韓外相会談が行われている。韓国の対中姿勢を見つめるアメリカの目は、一層厳しさを増しているに違いない。

 韓国では、野党「国民の力」の支持率が与党を大きく上回っている。ムン大統領の支持率も低落傾向にあり、レームダック化も取沙汰されている。また、来年3月の次期大統領選挙に向けて、ムン大統領と激しく対立し、支持率の高いユン・ソギョル前検事総長が29日に出馬を表明した。ムン政権を取り巻く国内環境は険しさを増している。残りの任期が10か月となった今、ムン大統領が問われるのは、G7の宣言や声明が謳う、人権、自由、民主主義、法治主義という、価値観と秩序にどれだけ共有できるかであろう。

羽太 宣博(元NHK記者)

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