「パナマ文書」報道 ネット時代の新しい調査報道の姿なのだろうか

世界の権力者や資産家による税逃れの実態を明らかにした「パナマ文書」報道。国際社会を揺るがしただけでなく、インターネット時代における調査報道のひとつの姿を世界に示したとの評価もある。中米の法律事務所の内部文書であるパナマ文書は、ジャーナリズム史上最大のリークといわれ、その量は膨大だった。
それをデータベース化によって世界各国の記者が共有できるようにして1年という時間をかけて分析した。  今回はネット時代の調査報道について考えてみたい。
私が経験した調査報道はこうだった。取材は人脈と取材力、それに資料の分析力を持つ数人の記者がチームを作ってひそかに進められた。取材で得られた情報はそのチームが抱え込み、新聞社内でもチームが何を取材しているのかを知る者はごく一部に限られた。それはネタが大きければ大きいほど徹底された。
しかし今回のパナマ文書の場合は大きく違っていた。国際調査報道ジャーナリズム連合(ICIJ)と提携する共同通信と朝日新聞のこれまでの記事などを総合すると、世界約80カ国の100を超す報道機関がICIJに協力し、400人近いジャーナリストが会社や国の枠を越えて緻密な取材活動を続けた。
ICIJは4月4日(日本時間)にロシアのプーチン大統領周辺や中国の習金近平国家主席の親族など各国首脳に関する疑惑を報じた。大スクープとなった。続いて5月10日(同)にはタックスヘイブン(租税回避地)に設立された世界21万社以上の法人と、それに関連する約36万の企業や個人の名前、住所などのリストをホームページ上で公表した。
このリストのもととなるパナマ文書は、南ドイツ新聞が匿名の人物からリークされたもので、そのデータ量は2・6テラバイト。文庫本2万6000冊、DVDにして600枚にも上る驚くべき分量だった。とてもひとつの報道機関の手に負える代物ではなく、南ドイツ新聞はICIJとの合同取材を選択した。
ICIJはこの膨大なデータ量のパナマ文書を独自開発したシステムでデータベース化し、インターネットを介してICIJと提携する報道機関の記者ならだれでも自由に閲覧できるようにした。
つまり世界各国の記者は自国にいながらデータベースを使ってパナマ文書を検索し、自分の国の企業や人を取材できた。専用のサイトも作られ、それによって他の国の記者とも情報交換が可能になった。まさにネットを駆使した取材態勢の構築だった。ネット時代の新しい手法だった。アナログ世代の私にとっては大きな衝撃だ。
もちろん情報漏れにも神経を使った。データベースへの不正アクセスを防ぐために二重の認証システムを設け、電子メールは暗号化された。それにしても4月3日の解禁日まで情報が漏れなかったのは奇跡としか言いようがない。
話は変わるが、沖縄県尖閣諸島沖で中国の漁船が海上保安庁の巡視船に衝突する映像が、動画投稿サイトのユーチューブに流出した事件を覚えているだろうか。
2010年11月のことで、翌年1月のメッセージ@penにこの流出事件を題材に「ネット時代、既存メディアの新聞やテレビが失ってならないものは、読者や視聴者の信頼である」という趣旨の記事を書いた。
その記事ではユーチューブについて「放送局のような設備や配信網がなくともネットにつなぐだけで簡単にかつ瞬時に動画を世界中の人々に見せられる。しかしながら投稿される動画を審査しないで掲載している。そこには信憑性の欠如という大きな問題がある」と指摘したうえで、「新聞やテレビであれば、投稿された情報が本物かどうかを必ず調査する。報道倫理が働くからだ」と述べた。
もとハッカーが設立し、米軍の機密文書や米政府の外交文書を暴露して話題を呼んだウィキリークスについても触れ、「欧米の既存有力メディアと組み、そこのベテラン記者がウラを取り、内部告発された情報の信憑性を検証してから公開している。言い換えると、既存メディアの力に頼らなければ信頼性が保てないことになる」と書いた。
国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)の場合はどうだろうか。
ICIJにはタックヘイブンに関し、調査報道の実績があり、世界の報道機関に信頼されていた。各国の記者たちは過去の訴訟記録や登記簿など公開されている資料との照合作業を着実に進め、パナマ文書は本物という確信を得た。調査報道では当然ではあるが、分析から判明した法人や関係者には直接当たって取材した。
パナマ文書の調査報道はデータベース化によってネットで各国の記者が共有するなどその手法は新しいかもしれないが、基本的にはこれまでと変わらない。
木村良一(ジャーナリスト)

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