テレビからスポーツ番組が消える日

 WBCの中継(全47試合)をNETFLIXが独占配信するというニュースが流れ野球ファンが驚いている。30億円から150憶円に権料がアップしテレビ局は手が出せなかった模様だ。NETFLIXは年間2兆円もの番組制作費を使っているので150億円の投資は微々たるものだろう。とうとう日本でもアメリカのように人気のスポーツコンテンツが有料放送に独占され、地上波やBS放送から消える日が到来しつつあるようだ。この背景にはどんな状況があり、何か対抗手段があるのか?について考えてみた。

 こんな事象が起きる背景にはスポーツ権料の高騰とテレビ局の弱体化が考えられる。映画やドラマなどの番組が「リアルタイムで」見て貰えなくなり、ストリーミング視聴(或いはDL-ダウンロード)又は録画視聴が主体となってしまい、「リアルタイムで」見て貰える番組はスポーツとニュースに集中する傾向にある。即ち、スポーツは文字通りの「キラーコンテンツ」の位置づけを得た。となれば人気のあるコンテンツの権料は鰻上りとなり、せいぜい1社数千億円の売上の中で番組製作(調達)費として年間6—700億円程度を捻出しているテレビ局には高嶺の花となりつつある。

 そこで拝金主義が横行するスポーツ業界で、世界市場を相手にビジネスを展開するキャッシュリッチのネット配信業者といかに競合して権利を取るのか? 更には「公共性の高いコンテンツは一般に開放すべき」というユニバーサル・アクセスの考え方の有効性について、筆者の希望的観測を述べる事にしよう。

 まず誰でも直ぐに考えつくのは資金集めの方法を工夫する事だろう。出てきたスポーツ案件に各局が個別に対応していたのでは資金力不足は否めない。通常NHKも巻き込んだ形でオリンピックなどの場合に組成される、JC(ジャパンコンソーシアム)のような共同体でコンテンツの獲得に乗り出す方式を、WBCの如く「公共性」の高いコンテンツに適用する手があるのではないか。或いは、予めコンテンツファンドのような母体を作り資金集めをしておく方法もあり得る。もしスポーツコンテンツの公共性を重視するのであれば、そこに一部政府資金を投入するスキームも考えられる。とにかくテレビ局1社で出来なければ、他社、他業界や政府系機関と連携してでも、ネット系配信業者に対抗できるような金集めのスキームを作ることが不可欠ではないか。

 もう一つの有効なアプローチとしてはユニバーサル・アクセスの理念に基づき、公共性の高いコンテンツ(国民誰もが高い関心を持つオリンピックやワールドカップ等)については無料で開放せよという、EUがやっている「アクセシビリティ法(EAA)」のような法的規制を設ける考え方があり得る。この法的規制を下敷きにEU各国はそれぞれの国でこれを制度化している。英国では以前より「クラウンジュエル制度」というユニバーサル・アクセスのルールが存在し、それに基づき有料放送の独占を禁止すると共に、権利者がBBCにコンテンツを供給する義務を定めていてBBCが権料を負担する仕組みだ。ドイツでも実際にARD/ZDF(放送局)がIOCのような権利者との交渉に当たっているし権料も負担している。国によっては国の支援金が出るケースなど対応は各国でまちまちのようだが、いずれにしても放送権者は各国の窓口との交渉を余儀なくされている。

 このような法的規制が日本にあると仮定した場合、今回のWBCを例にとれば権利者のWBCIは放送についてはどこか日本の放送局に権利を付与することが義務付けられ、そのテレビ局とWBCIとの間で放送権料の価格交渉が持たれる事となる。例えNETFLIXが独占的権利を取得したとしてもNETFLIXは日本のテレビ局に対してコンテンツの開放条件を交渉せざるを得なくなる。そこで恐らく一番問題となるのはhow muchの話だ。EUにおいては各国とも「リーズナブルな価格でなければならない」と法に規定はしているものの、権利者が法外な権料を要求し交渉が難航する可能性も十分考えられる。揉めた時には各国の政府や仲裁機関、スポーツ裁判所などが調停に入ると規定されてはいるのだが、これが上手く機能するかどうかは予断を許さない。

 スポーツ・コンテンツを「公共財」に位置付け「見せなければならない」という制度を設けても、運用面の課題が色々残りそうである。とはいえ日本にはこのルールや制度すらないので、「スポーツがテレビから消える日」を防ぐには何を差し置いてもこの制度作りとその為の法整備が必要なのではないだろうか?制度設計をするに当たっては、1)対象となるコンテンツの範囲(オリンピック、ワールドカップ以外何があるのか?)、2)価格設定の考え方、3)権利者との交渉仲介機関は?、4)補助金制度、5)罰則と監視体制の設定。。。といったポイントが網羅されていないと機能しない。

 スポーツコンテンツを単純に民々のビジネスだとして放置しておくと、どうやら飛んでもない事になりそうなので、放送を司る総務省も入ってテレビ局やメディア業界全体で上記のような議論を深めて、適切な対策を打つ必要性を感じる今日この頃である。
木戸英晶(IMAGICA GROUP顧問)

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