「中道政治という言葉は、池田大作の発明のようなものだ」
政治評論の場で、こうした言い回しを耳にすることがある。発言者は、現代日本政治の語り部とも言える田﨑史郎である。
この言明は、一見すると分かりやすい。公明党が「中道政治」を旗印に掲げ、日本政治に強い印象を残してきたことは事実だからだ。しかし同時に、この理解はあまりに単純でもある。
「中道」という言葉は、特定の政治家や政党によって突然生み出されたスローガンではない。それは、はるか以前から、日本社会の中で長い時間をかけて意味を変えながら生きてきた語である。
本稿の目的は、「中道政治」の発明者を特定することではない。
むしろ、「中道」という言葉が、どのような思想的・翻訳的・社会的過程を経て政治の言葉となり、なぜ今日まで誤解を生み続けているのか――その言葉の履歴を辿ることにある。
◉中道はそもそも何だったのか
中道は、本来仏教の中核概念である。原始仏教において中道とは、快楽主義と苦行主義という二つの極端をともに誤りとして退け、悟りに至るための実践の道を指した。
それは「ほどほど」でも「妥協」でもない。両極端を否定したうえで示される、認識と行為の方法論であった。
重要なのは、この中道が、倫理的態度や性格評価の言葉ではなく、きわめて実践的・修行的な概念だったという点である。
◉パーリ語から漢語へ――翻訳の時点で起きた変容
ここで確認しておくべきなのは、「中道」という言葉そのものは、釈迦が用いた言語ではないという事実である。
原始仏教における中道は、パーリ語で majjhimā paṭipadā (マッジマー・パティパダー)と表現される。majjhimā は「中間の」、paṭipadā は「歩む道・実践」を意味し、直訳すれば「中間の実践の道」である。
この語が、中国において「中道」という二字に翻訳された過程は、単なる逐語訳ではなかった。中国思想において「中」は、儒教的に「偏らない正統」を意味し、「道」は老荘思想において宇宙原理や生の根本道筋を指す語として、すでに強い哲学的価値を帯びていた。
majjhimā paṭipadā を「中道」と訳すことは、仏教概念を中国思想の中核語彙に接続する選択であり、その時点で中道は、修行上の具体的指針から、より抽象度の高い思想概念へと拡張されている。
日本が受け取った「中道」は、この中国的再編集を経た概念であった。
◉日本における中道――教理語から倫理語へ
日本では、奈良・平安期の国家仏教の中で、中道は高度な教学語として理解された。天台教学における「空・仮・中」の三諦円融に象徴されるように、中道は二項対立を超える真理把握の立場を意味していた。
しかし、中世以降、仏教語が社会全体の倫理語彙として浸透していくにつれ、中道は次第に意味領域を拡張する。
それは、行動様式や態度評価を表す言葉となり、「偏らない」「穏当である」「無理をしない」といったニュアンスを帯びるようになる。
この段階で、中道はすでに、宗教教理を離れた日本語の一般語として機能し始めていた。
◉政治的文脈への流入
「中道」が政治的文脈で用いられる素地は、戦前から存在していた。左右対立が語られる中で、「急進」「反動」といった言葉と並び、「中道」「穏健」は立場評価の語として使われていたのである。
だが、「中道政治」という言い回しが、明確な政治スローガンとして定着するのは戦後、とりわけ1960年代以降である。冷戦構造のもと、日本政治は左右のイデオロギー対立が先鋭化した。ここで、「どちらにも与しない」「対立を超える」という立場を示す言葉が強く求められるようになる。
その需要に、最も明確な形で応答したのが公明党であった。
◉池田大作は何をしたのか
公明党は1964年の結党以来、「中道政治」を党の基本理念として掲げた。このとき、池田大作が果たした役割は決定的である。
ただし、それは「中道」という言葉を発明したという意味ではない。
池田大作が行ったのは、すでに存在していた中道という語を、左右対立を超える政治理念として再定義し、スローガンとして固定化し、社会に可視化したことである。
言い換えれば、彼は言葉の創造者ではなく、意味の編集者であった。
◉なぜ「発明」に見えてしまうのか
「中道政治」が池田大作の発明だと誤解されやすい理由は明確だ。
それ以前の中道は、政治の場で自己規定語として用いられることがほとんどなかった。公明党はこれを、単なる態度評価語ではなく、「正しさ」や「正統性」を帯びた理念語として前面に押し出した。
「私は中道だ」という表明が、「私は極端ではなく、正義の側にいる」という自己正当化のレトリックとして機能し始めたとき、言葉は強い政治的力を持つ。その変化があまりに鮮やかだったため、「発明」という錯覚が生じたのである。
◉中道をめぐる現在の混乱
今日、「中道」をめぐる議論が噛み合わないのは、
仏教概念としての中道、
日本語倫理語としての中道、
政治スローガンとしての中道、
これらが同一語でありながら、異なる歴史を生きてきたからだ。
仏教者が「中道は妥協ではない」と主張するのも、政治の現場で「中道は穏健な立場だ」と理解されるのも、それぞれの文脈では誤りではない。問題は、その歴史的層の違いが意識されないまま、「本来の意味」が一方的に主張される点にある。
◉言葉は誰のものか
中道という言葉は、日本社会に長く「貸し出され」、使われ、意味を更新されてきた。
それを特定の宗教や個人が「本来の持ち主」として回収しようとする試みは、現実的でも、生産的でもない。
「中道政治」は発明ではない。
それは、翻訳され、編集され、定着し、そして誤解されてきた言葉である。
その履歴を知ること自体が、「価値中立を装いながら、特定の立場を正当化する言葉の使い方」を見抜く、一つのリテラシーなのだと思う。
佐久間憲一(牧野出版社長)