テレビでは、毎日、おびただしい数の番組が放送されている。残念ながら、話題や注目を集めるのはごく一部の番組で、多くは、番組の海に埋もれ、忘れ去られてしまう。しかし、番組の中には、時を経て、新たな光があてられるものがある。
1977年にテレビ東京が放送した「地球時代」というシリーズ番組の中の一つに、「いま原子力発電は…」というタイトルのテレビ番組がある。放送界の発展に資することを目的に設立された、公益財団法人放送番組センターが企画し、当時の岩波映画製作所に発注したものだ。ドキュメンタリー映画の作り手として知られる羽田澄子さんが監督として制作にあたった。2011年3月に起きた東日本大震災がもたらした福島第一原子力発電所による事故の34年前のことだ。
1977年には、まだアメリカ・スリーマイル島の原発事故や旧ソ連のチェルノブイリ原発事故は起きていない。日本では、すでに原発の安全性を問う訴訟が起こされたりしていたが、石油に代わるエネルギー源として、各地で商業用原発の建設、運転が次々と進められていた頃だ。
番組は、原発の安全性をめぐる新たな事実を掘り起こしたり、原発をあからさまに批判したりはしていない。放送当時、原発関連の番組として注目された訳でもなく、放送に関わる賞の受賞歴もない。安全性をことさらに強調する電力会社の責任者の主張と、これを疑問視する科学者の語りを交互に登場させ、バランスに配慮した作りとなっている。正味24分の番組のうち半分を超える13分をインタビューが占め、それ以外は、主に、原子力発電を取り巻く状況や、一般には難解な発電の仕組み、インタビューの補足説明やその内容を踏まえた制作者のコメントとなっている。ただ、取材した場所が、偶然にも34年後に日本の原発史上、未曾有の事故を引き起こすことになった福島第一原子力発電所だった。
福島原発事故から3か月後の2011年6月に、緊急特別上映と銘打って、他の原発関連作品とともに、「いま原子力発電は…」の上映が岩波ホールで行われた。“福島第一原子力発電所を取材し、いち早く警鐘を鳴らした番組”とのふれこみだった。原発事故から、まだ日が浅いということもあって、多くの人たちが上映会場を訪れていた。
番組は、取材陣が福島第一原子力発電所を訪れるところから始まる。敷地内にある発電所のサービスホールに案内され、そこにある大型模型を使って、原子力発電の仕組みなどを紹介した後、サービスホールの当時の館長とのインタビューとなった。館長は、電力会社が原子力発電の安全のためにいかに尽くしているか、とうとうと語っていくのだが、途中、会場内で突然、笑い声が広がった。館長が、アメリカの研究者の試算を根拠に、「原発で大きな事故が起きる確率は50億分の1程度と発表されている。この確率は隕石に当たる確率とほぼ同じと言われている。」と、述べたところだった。
インタビューに答えた当時の館長は、34年後に福島第一原発の事故が起きるとは知る由もないのだが、上映会場の人たちは、皆、福島第一原発の未来を知っている。原発の安全性に対する当時の安易で軽々しい発言に、憤りというよりは、あきれてしまい、失笑となったのだ。
福島第一原発は、津波による全電源喪失で、頼りの緊急炉心冷却装置が作動せず、他の冷却手段も尽くしたが、メルトダウンに至った。この緊急炉心冷却装置についても、サービスホールの館長は、「万が一事故が起きたとしても、この装置が確実に作動して、安全に原子炉が止まる。」と、言い切る。
これに対して、原子力発電の研究者の大学教授は、事故の確率を持ち出して、原発の安全性を強調するやり方に疑問を呈するとともに、緊急時の原子炉冷却は、時には離れ業的な技術を要するたいへん難しいものなのだ、と指摘する。上映会場の人たちは、電力会社には当時から、リスク軽視の姿勢と技術への過信があったのではないかと、インタビューから感じ取っただろう。
番組は後半、場所を東海村に移して、使用済み核燃料の再処理と放射性廃棄物の終末処理をめぐる課題に触れたあと、「第2のプロメテウスの火と言われる原子力を手にして築く文明はどのようなものか。人間の本当の英知が、今こそ試されている。」という、コメントで番組を締めくくっている。上映が終了すると、期せずして、会場からは拍手が起きた。
この番組に、時が経って、その価値が見いだされた背景には、インタビューなど、番組の記録としての意義もさることながら、番組が残されていて、一般向けに上映できたことも大きい。放送番組センターは、1991年から、新たな取り組みとして、民放やNHKのテレビやラジオの番組を保存し公開する、アーカイブ事業を始めていた。監督をした羽田澄子さんも、後に、「岩波映画製作所はすでになくなっているので、関係のある岩波映像という会社に連絡したところ、そこではもう(この作品を)見ることはできないと言うんですね。ですが、もしかしたら企画した放送番組センターにあるかもしれないからと…」(東京大学出版会 記録映画アーカイブ2より抜粋)と、作品が上映できた経緯について振り返っている。
2011年の福島原発事故から、14年が過ぎた。今や、困難を極めている福島第一原発の廃炉作業の一方で、原発再稼働や新設の論議が行われている。放送番組センターが運営する横浜市中区の放送ライブラリーに保存、公開されている、過去の原発関連の番組は、2011年を境に、大きくその数を増やし、今や200本を超えている。この中には、「いま原子力発電は…」のように、原発のあり方を考える時、新たな気づきをもたらすものもあるだろう。番組アーカイブは、過去に話題になった番組をもう一度楽しんだり、視聴できなかった番組を見たいという要望に、応えたりするためだけにあるのではない。もしかしたら、今の時代に、あらためて見るべき価値のある放送番組が、眠っているのかもしれないのだ。
松舘晃(公益財団法人放送番組センター顧問)
*写真は、「いま原子力発電は…」の番組内で使用された、当時の海から見た福島第一原子力発電所