■立花被告の刑事裁判が今年2月にも始まる
政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志党首(58)が昨年11月9日、名誉毀損容疑で逮捕され、神戸地検も起訴に踏み切った。今年2月にも公判が始まる。兵庫県知事の内部告発問題に絡み、竹内英明元県議(当時50歳)=自殺とみられる=の名誉を傷つけたという名誉毀損が、逮捕・起訴の内容だ。死者に対する名誉毀損罪の刑事立件は極めて異例だが、兵庫県警は「悪質性が高いうえ、証拠隠滅と逃亡の恐れがあった」と逮捕理由を明らかにしたうえで、次のように説明した。
立花被告は2024年12月の街頭演説で竹内氏について「めっちゃやばいね。警察の取り調べを受けているのは多分間違いない」と発言した。竹内氏が亡くなった直後にも、X(旧ツイッター)やユーチューブに「県警からの継続的な任意の取り調べを受けていた」「明日逮捕される予定だった」と虚偽の情報を投稿した。
振り返ると、立花被告による虚偽や誹謗中傷行為が大きな社会問題になったのが、兵庫知事選(2024年11月17日投開票)だ。兵庫県議会の全会一致で不信任が決議されたことを受けた、斎藤元彦知事(48)の出直し選挙だった。不信任の発端は斎藤氏のパワハラ疑惑を元県幹部が内部告発したことだったが、告発後にこの元県幹部は亡くなった。自殺とみられている。当初、斎藤氏の再選は難しいとの見方が強かったが、斎藤氏はSNSを駆使して圧勝した。
この圧勝の要因とみられるのが、立花被告の前代未聞の言動だった。自ら知事選に出馬したにもかかわらず、「斎藤前知事を当選させる」と公言し、斎藤氏擁護の街頭演説や情報発信を続け、その結果、SNS上に「齋藤さんは悪くない」との投稿が増えていった。いわゆる2馬力選挙である。
竹内氏は県議会百条委員会の委員だった。兵庫県知事選の期間中、百条委で知事の斎藤元彦氏の疑惑を追及する様子がSNSで拡散され、竹内氏を中傷する投稿が相次いだ。発端は立花被告のニセ情報の投稿だった。竹内氏を批判、非難したX(旧ツイッター)の投稿には1万以上の「いいね」が付き、ユーチューブに投稿された動画の再生回数は1000万回以上を記録した。この「いいね」や再生が増えることによって立花被告側にSNSから支払われる報酬が増える。この課金システムがニセ情報の投稿を助長する。竹内氏は投開票日の翌日、「一身上の都合」を理由に辞職し、昨年1月18日に亡くなった。
■なぜ立花被告のウソを信じるのか
どう考えても立花被告の言動は異常である。竹内英明元県議の動静を情報提供するよう自らの街頭演説に集まった聴衆に求め、「自宅に押しかける」という発言も繰り返していた。むごいことに竹内氏の死後には「元県議は逮捕される予定だった」と話し、取り調べや逮捕を苦に自殺したかのような投稿をした。人として許されない行為である。
立花被告のこの発言に兵庫県の県警本部長が議会で「まったくの事実無根。被疑者として任意の調べをしたこともないし、逮捕するといったような話もまったくない。明白な虚偽がSNSで拡散されているのは極めて遺憾だ」と捜査の内容を明らかにする異例の対応を見せた。
それにしてもなぜ、多くの人々が立花被告の言動を信じたのか。アメリカ大統領に再選したトランプ氏(79)のあの異常な言動とどこか似通ったものがある。SNS上のトランプ氏のデマ発言が有権者を動かし、トランプ氏を2度も大統領に押し上げた。ニセ情報や誹謗中傷が多くのアメリカ人の心を捉えて1つの世論を作り上げてしまう。
トランプ氏の場合、大統領選挙でラストベルト(さび付いた工業地帯)と呼ばれる自動車産業や鉄鋼業の生産拠点が集中するペンシルベニア、オハイオ、ミシガン、ウィスコンシン、インディアナの各州一帯を重視し、白人労働者の世帯に狙いを絞ったことが勝因だった。つまり、これまでの政治に不満を持ち、新たな政治に経済的な豊かさを求める白人労働者の層に「アメリカ・ファースト」「米国を再び偉大に」とSNSやテレビを使った選挙演説で強くアピールしたのである。もちろん、お得意のデマ発言、ニセ情報が何度も流されたのは周知の通りである。
民主国家のアメリカに憧れ、そして親しんできた人々にとっては異常事態としか思えないが、これがいまのアメリカ社会の1つの現実なのである。
トランプ氏がSNSでウソの発言を繰り返し、昨年1月20日、大統領に返り咲いた。その1カ月後には、ウクライナ侵略を始めたロシアを非難せず、ロシアとの協議を優先してウクライナを蚊帳の外に置き、ウクライナに矛先を向けた。ロシアとの協議を得意のディール(取引)に持ち込み、大統領選で公約した停戦を早期に実現して自らの功績にしたかったのだが、成功はしなかった。輸入品に対する大幅な関税引き上げのトランプ関税でも各国に揺さぶりをかけ、さらにはノーベル平和賞まで懇願するなどその無謀な言動はとどまるところを知らない。
■トランプ大統領が「怪物」なら立花被告は「デマゴーグ」だ
ところで、トランプ氏が最初の大統領選で当選する前年の2016年11月、世界最大の英語辞典を発行するイギリスのオックスフォード大学出版局が、ニセ情報のまかり通る異常事態を捉え、2016年を象徴する言葉に「ポスト・トゥルース(post truth)」を選んだと発表している。ポスト・トゥルースとは真実の後の事態を示す言葉で、客観的な事実ではなく、感情や信念によって世論が形成されるという社会状況を指す言葉である。
人は自分の考えと同じ意見を持つ人を好む。客観的事実よりも、自分の立場を擁護してくれる情報に強く引き寄せられる。SNSはそれが顕著に表れる。その結果、トランプ氏のような米国第一主義や過度の保守主義、自国さえよければ構わないという反グローバリズムに陥り、危険なポスト・トゥルースを生む。
ここで整理しておく。SNS上では意見や考えが近い人同士がつながりやすく、そこで共有される情報は偏ったものとなる。事実や真実よりも共感できるかどうかが重視される。意見が極端になり、社会を分断させる。異なった意見を聞いて認め合い、議論を深めていく民主主義のルールが無視される。SNSがもたらす社会のゆがみが、私たちの民主主義を蝕む。そうならないためにも自分と異なる意見に進んで耳を傾け、冷静に判断できる能力(リテラシー、literacy)を養う必要がある。
私ごとで恐縮だが、新聞記者を長く続け、現在もジャーナリストを名乗っている以上、他者の意見や考えに積極的に耳を傾けるとともに客観的で正確な情報を得て正しい知識を身に付けるよう、常に自分自身に言い聞かせている。取材でAI(人工知能、artificial intelligence)を使ってもAIの答えを鵜呑みにするのではなく、必ず出典もとを質問してその出典もとにあたるように心がけている。
トランプ大統領は自分に有利な情報をSNSに投稿してそれを拡散させ、アメリカ社会の世論を作り上げ、自らを大統領に選出させた。まさにポスト・トゥルースを生み出す怪物である。トランプ氏が怪物なら、立花被告はさしずめ、「デマゴーグ(demagogue)」といったところか。デマゴーグは古代ギリシャに起源を持つ言葉で、大衆の感情に訴えて支持を集める扇動的な政治家を意味する。ただし、立花被告は政治家とは言えまい。反社会的行為を繰り返し、社会に貢献しようとしないからである。
■〈私が死を選ばざるを得なかった最大の理由は立花孝志です〉
ところで、立花被告のSNSによって攻撃されて亡くなったのは、兵庫県の竹内英明元県議だけではない。政治団体「みんなでつくる党」(元NHK党)のボランティアスタッフの会社員男性(当時64歳)も、昨年4月9日に自ら命を絶っている。ちなみに立花被告の政治団体は名称を何度も変えているが、NHK党はその1つだ。この問題はTBSの報道特集(昨年4月19日放送)やネットニュース、週刊誌で大きく取り上げられた。
これまでの報道を総合すると、この男性は候補者と関係のないポスターを貼る行為を止めさせる署名活動をしていたところ、自宅の住所をSNSに公開されるなどの嫌がらせを受け、NHK党の党首の立花被告にプライバシーを侵害されたとして裁判に訴えていた。
男性は遺書を残し、その遺書で〈私が死を選んだ、選ばざるを得なかった最大の理由は立花孝志です。彼の存在と言動、行状がなければ、決して死を考えることはなかったと断言します〉と抗議の自殺であることを明かしていた。
生前の記者会見では「一番被害を受けたのは妻です。私はもう覚悟を決めて、矢面に立って、顔もさらして名前も公開していますから。妻には説明をしたのですけれども、やはり非常に恐怖を感じるのです。おそらく立花さんは、そういうことまで想定しているとしか考えられない」と訴えていた。こうした内容をTBSの報道特集は詳細に報じている。兵庫県警が逮捕の理由として挙げたように立花被告は極めて「悪質性が高い」のである。
SNSを使ったニセ情報の拡散や特定の個人を攻撃する誹謗中傷がなくならない。ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略がこのSNSで、フェイスブック、X(旧ツイッター)、ライン、ユーチューブ、インスタグラム、ティックトックなどをひっくるめて指す。SNSの持つマイナスの側面が他者を深く傷付け、自殺に追い込むなど大きな社会問題となっている。「SNSの病理」である。かつてSNSが普及すれば、だれもが自分の意見を自由に発信でき、より多くの人と意見交換が可能となる、と期待された。しかし、現実は違った。プラスの面ばかりではなかったのである。
呆れてしまうが、立花被告を擁護する声がまだある。なぜ人はSNSのニセ情報を鵜呑みにするのか。どうしてニセ情報を拡散して特定の個人を攻撃するのか。忘れてはならないのは、人を傷つける言葉の暴力は犯罪に当たるということである。立花被告の裁判の流れを追うなどこれからもSNSの病理について考えていきたい。
木村良一(ジャーナリスト・作家、元産経新聞論説委員)