映画に仕掛けられた謎を楽しむ

今年になってから、スマッシュヒットとなった二つの映画がロングラン上映を続けている。
 スペインの新星カルロス・ベルムトが脚本・監督を手がけた「マジカルガール」と大御所・山田洋次監督の85作目にあたる「家族はつらいよ」だ。
 カルト的要素の強い新手のノワール作品「マジカルガール」であるが、ストーリーを簡単に紹介しておこう。
 白血病で余命幾ばくもない少女アリシアは、ジャパニーズ・アニメ「魔法使いユキコ」(監督自身の創作による架空の魔法少女ものアニメ)の大ファン。ユキコのコスチュームで踊ることが夢でもある。それを知った父親ルイスは、娘の願いを叶えるべく、ウェブサイトからコスプレの衣装を購入しようと考えるが、失業中の彼にはあまりに高価な代物。悩んだすえ、宝飾店への強盗を決意するが、偶然の出来事から悪事は未遂に終わる。そしてそれは、精神を病む人妻バルバラとの運命的な出逢いでもあった。求められての一夜の房事。そこから、人びとの運命が妙な方向へとずれ動き、関わりの連鎖が思いもよらない悲劇をもたらすことになる。とにかく、予期せぬ展開、予想を裏切る斬新な物語という魅力溢れる傑作といっていいだろう。
 一方「家族はつらいよ」は、小津安二郎の名作「東京物語」のリメイクとして2013年に公開された「東京家族」の出演者8名が再結集して作られたコメディ。熟年夫婦に訪れた“離婚危機”をきっかけに、翻弄される大家族のドタバタ振りを描いている。
 平穏な隠居生活をおくっている平田家の主・周造(橋爪功)であったが、忘れていた妻(吉行和子)の誕生日に突然離婚届を突きつけられる。最初は冗談かと思っていたが、どうも本気のようだ。同じ家に同居する長男夫婦(西村雅彦・夏川結衣)に次男(妻夫木聡)、他で暮らす長女夫妻(中島朋子・林家正蔵)、そして次男の婚約者・蒼井優を巻き込んだ一大騒動となっていく。妙なひねりはないものの、手練が冴えるウェルメイドな作品だ。
 この、色んな意味で好対照とも言える二つの映画だが、まことに興味深い“共通点”が見てとれる。
 両作品とも、プロット上の伏線や謎は物語の中で巧みに回収され、解かれてはいるのだが、その枝葉の部分に目を向けると、背景が充分に説明されていなかったり、謎のまま放置されていたりしている。それも、かなり意図的に行われているようなのだ。
 たとえば、前者において、アリシアとルイスは二人暮らし。なぜ母親が不在なのか。離婚なのか死別なのかは不明だ。バルバラは何やら怪しげな裏稼業(性風俗?)とつながっているが、その正体についてはまったく明らかにされない。彼女の身体に残る無数の傷跡についても。恐らく、そのことと精神科医が夫であることは無関係ではないのだろうが、やはり詳しいことは分からない。映画の冒頭に登場する教師ダミアンと生徒時代のバルバラ。後年、ダミアンが刑務所に収監されることになったのは、バルバラとの間に生じた“とある事情”なのだろうが、いったいそれは何なのか。ダミアンがバルバルを恐れている原因は……すべてが憶測でしかない。次から次へと湧きあがる疑問の泡は押し止めようがない。
 後者はどうだろう。
 次男が語るところによれば、父親と長男は仲が悪い。たしかに、皆がそろった家族会議の席でも、父親と長男は一言もことばを交わさない。しかし、その原因については一切説明されることはない。次男の職業は調律師なのだが、本当は音楽家志望だったのか。これも分からない。そもそも、なぜ長男一家が同居しているのか。税理士である長女と髪結いの亭主よろしくな夫との出逢い。同じ出逢いといえば、次男と看護師である婚約者とはどのようなきっかけだったのだろう。母親が語る、離婚が成立したあかつきには、通っている創作教室の仲間の女性宅で一緒に暮らすというその仲間は本当に存在するのか。
 巧妙に作られた物語の背景に穿たれた数かずの〈謎〉。もちろん、その〈謎〉に正解などありはしない。観る者らが想像をたくましくし、果敢に妄想をめぐらし、語り合うことによってもう一つの物語を自ら紡ぎ出していく。
 映画は〈謎〉があってこそ面白い。
佐久間憲一(牧野出版社長)

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