<シネマ・エッセー>  ニューヨーク 眺めのいい部屋売ります

ブルックリンといえばニューヨークの中心、マンハッタン島から川一つをへだてた下町で、戦後少したってから日本で上映された「ブルックリン横丁」を思い出す。貧しい一家の心あたたまるエリア・カザン監督の名作だったが、この映画も40年間そこに住み続けてきた老画家(モーガン・フリーーマン)と妻(ダイアン・キートン)の夫婦愛をコミカルに描いている。

かつては貧しい人達のアパートが多く、下町的だったブルックリンが、今では若い人たちに人気のある住宅地になっている。窓からクラシックな吊橋が見え、屋上には菜園もある快適なアパートの5階に住む老夫婦にとって、唯一の難点はエレベーターが無いこと。二人と老愛犬には階段を登るのが唯一の苦痛で、不動産業の姪の手を借りて、アパートを売りに出したことで波乱が起きる。

回想場面で描かれる主人公の黒人画家と白人教師の結婚については、家族や友人の反対もあって尋常一様でなかったのだが、それを乗り越えて二人が築き上げてきたスイート・ホームだけに、愛着も断ちがたい。売りに出したところ950万ドルという高値がつくが、同時に足腰を痛めた老犬(ダックスフント)の入院、手術がからんで頭が痛い。

その上、ブルックリンで橋の橋脚近くに乗り捨てられたタンクローリーに爆弾が仕掛けられたのではないかという事件が起き、買おうとしているマンション近くでも爆弾テロ犯らしい男が民家に立てこもる騒ぎが起きる。その都度、入札による売り値、買い値がもろに影響を受けるので、夫婦は事態の推移に一喜一憂する。最近起きたフランスのパリやアメリカのテロ・銃撃事件と重ね合わせ、テロの恐怖がいかに日常化しているかを考えさせられるシーンでもある。

元女教師で進歩派の老妻、ダイアン・キートンはウディ・アレン監督の「アニー・ホール」でアカデミー主演女優賞をとったベテランであり、有名画家の夫役、モーガン・フリーーマンも最近作でマンデラ大統領を演じたり、「ドライビングMiss デイジー」などでの名優ぶりで定評がある。平凡な日常生活が、家の売買で思いがけない波乱に見まわれ、それをクリアしてゆく過程で、老夫婦が醸し出す知的で暖かな「味」が、しみじみと良い。

映画の原作でロングセラーを続けたジル・シメントの小説(原題はHeroic Measures=2009年) では、主人公夫婦はユダヤ系アメリカ人になっていて、映画同様、大波乱の3日間が深刻かつ軽快に進行。映画は原作の味をそのまま表現している。

アメリカ映画にはフランク・キャプラ監督以来、楽天主義、ユーモア、ヒューマニズムの伝統があるが、この映画もその流れを汲み、年輪を重ねて色あせない夫婦愛がしみじみと描かれて秀逸だった。1月30日から、シネスイッチ銀座ほか全国順次ロードショー。         
                  磯貝 喜兵衛(元毎日映画社社長)

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