♢「アレクサ、どうして女性の声なの?」
「アレクサ、電気を消して!」「アレクサ、きょうの天気は?」……アマゾンの「アレクサ(Alexa)」に、アップルの「シリ(Siri)」、グーグルの「グーグルアシスタント」、そしてマイクロソフトの「コルタナ(Cortana)」。AIを搭載した音声アシスタント機器は、家事や雑用を手助けしてくれる便利な存在で、日常生活の一部になりつつある。この音声アシスタント、気づけばどれもデフォルトで女性の声が使われている。
この潮流に「待った」をかけたのが国連だ。ユネスコ(国連教育科学文化機関)は2019年、音声アシスタントが、女性は愛想良く命令に従い、補助的な役割で、家事やケア労働を担うなどの「有害なジェンダーバイアス(性別に基づく偏見)を助長する」という報告をまとめた。これを受けて、アマゾンの担当者はBusiness Insiderの取材に対し「我々がリサーチを行った結果、女性の声の方が『思いやりがあり』、受けが良いということが分かった」と、音声アシスタントに「女性」を当てた理由を釈明している。
子どもの頃の記憶を辿ると、私の実家では毎晩、風呂の準備ができると「お風呂が沸きました」と女性の自動音声が知らせた。炊飯器の「ご飯が炊きあがりました」も、女性だった。家電の自動音声と、音声アシスタントがどちらも女性に偏っている事実は、家事労働の担い手をめぐる「性別役割分担」と地続きの問題のようにも感じる。しかし、一方的に家事の完了を通告してくる家電の自動音声と、人間と呼応してコミュニケーションをとるAIアシスタントでは質が違い、後者の影響はより深刻だ。
♢「アレクサ、ディスコ音楽をかけて!」
「アレクサ、ディスコ音楽をかけて!」これは、音声アシスタントへの声がけではなく、英国に暮らす6歳の少女・アレクサちゃんが実際に受けた「いじめ」だ。
BBCは、アレクサという名前の女の子たちがいじめに遭っていることを報告した。アレクサちゃんは、名前のせいで、たびたび大声で幼稚園の子どもたちから「命令」され、からかわれているという。親は、「彼女の自尊心に影響する」として、アマゾンを非難している。
UCLAのサフィヤ・ウモジャ・ノーブル教授は、「Xを探して(Find X)」、「Xに電話して(Call X)」など「女性の声に対するコマンド」を通して、特に子どもたちが「『要求に応じる』という女性の役割」を学習してしまうと指摘した。また、ラトガース大学のカルバン・レイ准教授は、ジェンダーに関する印象は回数を重ねるごとに深く刷り込まれるという。音声アシスタントの登場で「女性」と「アシスタント」の組み合わせに晒される機会が増えれば増えるほど、実際の女性もアシスタントかのように見なされる可能性が高まると述べている。つまり、AI技術は性別間の不平等を再生産するだけではなく、増幅する恐れすらあるというわけだ。
2016年にアマゾン音声アシスタントが英国に導入されて以来、「アレクサ」という名前の人気は急降下している。当時、イングランドとウェールズにおける人気のある赤ちゃんの名前ランキングで「アレクサ」は167位だったが、その後3年で920位に転落している。AI音声アシスタントの影響は、確実に家庭内の域を飛び出し、社会にも影を落としている。
♢「どうして『段差にご注意(“Mind the Gap”)』は男性なの?理由を教えて!」

最近、現在の自宅近くのロンドンの金融街・バンク駅で地下鉄を待っていると、あることに気づいた。「段差にご注意(“Mind the Gap”)」のアナウンスが、男性の声なのである。そういえば、日本ではNHKで大地震を伝える「緊急地震速報」の声や、ミサイルの飛来を知らせる「Jアラート」の声が男性だったことを思い出した。どうやら、安全保障上の危機や、国家の一大事は「男性の声」が教えてくれるらしい。確かに、先に紹介したユネスコの報告書には、「女性の声は『協力的』で『役に立つ』、男性の声は『権威的』とみなされる」ともあった。「なるほど……」「そういうものなのかな」などと考えていたら、タイミングを逃して一本電車を見送ってしまった。
エレベーターの「上にまいります」、ATMの「ご利用ありがとうございました」、子どもの遊具の「バイバイ、またね」……日常生活には、いろいろな音声があふれている。いつもは無意識で、気にも留めない。でも、悪意のないはずの無意識がとんでもない権力の維持に加担してしまうこともあるだろうし、抑圧された小さな声をかき消しているかもしれない。染みついたバイアスについて立ち止まって考えることも必要だなと自分に言い聞かせて、「段差にご注意」の男性の声にまた耳を傾け、次の電車を待つ。
神谷美紀(元東海テレビ記者)