2024年5月以降、武田薬品工業や協和キリンなど、国内の製薬企業が相次いで退職者を募集すると発表した。その退職者の募集に当たっては、研究開発部門の従業員を対象に含むケースが目立つ。この背景には、“医薬品の研究開発のあり方”が変化していることがあるようだ。
武田薬品工業は5月に人員最適化を伴う組織構造の簡素化や研究開発パイプラインの優先順位付けを含む大規模な組織改編を、2024年以降複数年に渡って実施すると発表していた。米国サンディエゴの研究施設を閉鎖し、研究機能を米マサチューセッツ州ケンブリッジと藤沢市の湘南拠点に集約する方針とのことだ。
協和キリンは2024年8月1日、同社の研究体制の刷新、研究本部・生産本部などにおいて、特別希望退職制度を導入する。同社は、低分子薬の研究開発体制を大幅に縮小し、遺伝子治療や抗体医薬に注力していく方針であり、今後、低分子薬の研究開発に携わっていた従業員などが退職することになる。
住友ファーマは2024年7月31日、早期退職者を募集すると発表した。募集人数は約700人で、国内従業員数の約4分の1に相当する。生産部門と再生・細胞医薬事業部門を除いた全部門の従業員が対象となっており、研究開発部門の従業員も多くの退職が見込まれる。
同社は主力品の特許切れや新製品の伸び悩みにより前期まで2期連続で最終赤字を計上している。国内では昨年、パーキンソン病治療薬に後発医薬品が参入し、糖尿病治療薬二品も特許切れを控えており、合理化を含む構造改革が必要と判断したようだ。
田辺三菱製薬も希望退職制度の実施を発表し、退職の対象者には研究開発部門の従業員が含まれる可能性がある。同社は「継続的に企業価値を高めるには、国内の事業基盤を維持しつつ北米を中心とした成長市場の事業を強化することが必要で、成長戦略と構造改革を両輪で進めていくことが不可欠」と指摘し、将来の成長の方向性を考慮し、収益が安定している状況の中でこのような施策を打ち出したとしている。
複数の製薬企業が相次いで希望退職者を募り始めた理由は各社それぞれだが、いずれも主要製品の特許切れに直面していることや、今後の主力製品の開発に苦戦していることが影響しているとみられる。国内の製薬企業が研究開発部門の退職者を募集するのはこれが初めてではないものの、複数の製薬企業が研究開発部門も含めて大規模に退職者を募集することは、これまであまりなかった。
こうした動きの背景には、創薬の主体が製薬企業からスタートアップにシフトしていることや、標的の探索や化合物の合成、スクリーニングなどの創薬研究は医薬品開発業務委託機関(CRO)に業務委託することが当たり前になったことなど、医薬品の研究開発のあり方が変化してきたことがありそうだ。
「製薬企業が自社で研究開発に取り組むよりスタートアップやオープンイノベーションを活用した方が、効率的だという認識が広がっている。今後も研究開発部門を縮小する動きが続くのではないか」との指摘がある。また、「製薬企業の研究開発部門には、CROを活用できる司令塔がいればよく、基本的な創薬研究についてはCROを活用しようという考え方が浸透してきた。自社の中に研究開発機能をどこまで持つべきか考える時期に来ているのではないか」との見方もある。
日本の創薬力の強化には、製薬企業とスタートアップ、アカデミア等の協業がカギであり、こうしたプレーヤーが連携し、ヒト・モノ・カネの3要素をつなげる仕組みが“創薬エコシステム”である。これが機能すれば、多くの革新的新薬が生まれることが期待される。
製薬企業の研究開発部門からの退職者が増えることで、人材流動化が加速しスタートアップの活性化につながる。その結果、製薬会社とスタートアップの連携、スタートアップ同士が連携するなど、創薬エコシステムの構築と医薬品研究開発の効率化が進むことになる。さらに、こうした創薬エコシステムは国内向きに閉じることなく、海外のプレーヤーともつながることにより、世界の創薬エコシステムの一翼を担うことにもつながるだろう。
福地俊(創薬研究者)