にぎわい戻った関西国際空港

 久しぶりの晴れ間の昼下がり、大阪湾に浮かぶ関西国際空港を訪ねた。島の南北に伸びる旅客ターミナルビルの円弧の大屋根が秋空にきらめいている。ひっきりなしに飛び立つ飛行機。ターミナルの国際線出発フロアはスーツケースを抱えた旅行客であふれ、営業を再開した飲食店もにぎわっていた。ちょっと目には、20日前に台風がもたらした高潮災害で「陸の孤島」になった爪痕は見当たらない。もっとも、空港島と対岸を結ぶ空港連絡橋を電車で渡る途中に見える、壊れて撤去された橋げたの跡が生々しい。航空機の離発着を間近に見える展示ホールは閉館中だった。今回の台風禍をきっかけに、関西に占める関空の役割の大きさと課題が浮き彫りになった。順調に再離陸できるのだろうか。
関空は大阪湾の泉州沖5㌔を埋め立ててつくられた海上空港。滑走路は1期島の3500㍍、2期島の4000㍍の2本。成田、羽田両空港とともにわが国の国際拠点空港だ。
 新聞報道から災害を振り返る。9月4日、台風21号が関空島にも襲いかかり、1期島の第1滑走路や駐機場のほぼ全域が高潮で浸水、海面から5㍍の高さがあった滑走路は深いところで約50㌢も冠水した。第1ターミナルビル(T1)も地下に海水が流れ込んだ。電気室が地下1階にあったため、停電を招いた。また、錨ごと強風に流されたタンカーが連絡橋(全長3・8㌔)に衝突、橋げた(187㍍)が損傷したため下り線は通行できなくなった。
午後3時、空港は全面閉鎖。空港島にいた利用客ら約8000人が足止めされ、駐車場にも車4千台余りが残された。気象庁によると、この日の大阪湾の潮位は最高329㌢で過去最高、瞬間最大風速は58・1㍍に達した。
利用客らは5日深夜までかかって、臨時バスと神戸空港までの高速船でようやく島から“脱出”した。惨状はネットでまたたく間に世界に伝わり、大阪市内の観光スポットから外国人客の姿が消えた。予約のキャンセルも相次ぎ、関西経済に及ぼす影響が強く懸念された。
 ところが被災3日目の同7日には、浸水被害を免れた第2滑走路で国内線の運用が再開され、翌8日には一部ながら国際線も飛んだ。さらに、14日になると冠水した第1滑走路も部分再開、旅客便の3割まで回復させた。21日には閉鎖していたT1ビルを全面再開、旅客機能は17日ぶりに被災前とほぼ同程度までに回復した。
 関係者も驚くほどの予想を上回る復旧の背景には、官邸の強い後押しがあったとされる。インバウンド(訪日外国人)の増加は政策の柱の一つだし、来年6月には大阪市で主要20カ国・地域(G20)首脳会議が開かれる。復旧が長引いては国際的な信用を落としかねないからだ。
現在、連絡橋を通るJR西日本と南海電鉄は運行を再開したが、道路は北側車線で対面通行が続いており、マイカーの通行はできない。全面復旧は来年5月ごろになる見通しという。また、貨物便は全面再開のめどが立っていない。各社が入る1期島の国際貨物地区の浸水がひどく、調整に時間がかかっている。物流面の影響は長引きそうだ。
 関空は計画当初から海上空港ならではの弱点を抱えていた。一つは軟弱な地盤のため悩まされてきた地盤沈下。現在も沈下は続いており、開港以来3~4㍍沈んでいる。これまで護岸を2、3㍍かさ上げするなど対応を強いられて来た。ターミナルビルの基礎にはジャッキが組み込まれ、沈下による傾きはジャッキを持ち上げて調整する仕組みになっている。
もう一つは、空港島への行き来は空港連絡橋に頼らざるを得ないこと。連絡橋の利用者は1日約6万3千人。神戸空港までの高速船はあるが大半は連絡橋を利用する。関空を運営している関西エアポートは被災後、社内に早速、防災対策チームを発足させ、浸水対策を練り直すことにしている。

関空は、関西経済界の強い要望で94年に開港した。建設費は、国だけでなく関係自治体、主要企業が出資した民間主導型として発足した。ところが、離発着料が高過ぎたこともあって経営は“離陸”せず、1兆円を超す巨額債務が経営を圧迫、政府から財政支援を受けていた。
長い間の議論を経て、外間債務を返済して空港の活性化を図るためにコンセッション方式による民営化が図られることになった。コンセッションは所有権を残したまま運営権を民間に売却する方式。関空と大阪(伊丹)が16年4月、関西エアポートによる運営がスタート、18年4月からは神戸を含めた3空港を関西エアが一体運営することになった。
 関空は①24時間運用が可能な海上空港である②騒音問題がない③成田、羽田両空港に比べてアジアに1時間近い、など大きな特徴を持っている。ビーチ・アビエーションなど格安航空会社(LCC)の誘致が奏功し、円安傾向を背景にアジアを中心にこの数年、インバウンドの利用客が大幅に増えている。関空は西日本の物流拠点にもなっており、関西経済を押し上げている。
 関空の被災をきっかけに、大阪(伊丹)、神戸両空港含めた関西3空港の役割を見直すべきだとの機運がにわかに浮上して来た。現在、関空は国際拠点空港、大阪(伊丹)空港は国内線の基幹空港、神戸は地方空港と役割分担が明確になっており、運用時間、発着回数なども規制されている。被災したため、緊急措置として伊丹、神戸両空港の国際線の増便が可能になったものの、CIQ(税関、出入国、検疫)の施設がないこともあって利用はごく一部にとどまっている。
 観光客が伸び悩んでいる神戸は国際線を飛ばしたい、伊丹周辺の住民は騒音問題から反対、など様々な意見があり、すんなりとはいかないが、インバウンドを現在以上に増やすには国際線の振り分けも含め、3空港の一体化用が必要になって来るだろう。関西経済界、地元自治体などで組織している「関西空港懇談会」が年内に開かれ、規制緩和について議論することになっている。

9月25日、英国ブリティッシュ・エアウェイズ(BA)が、関空とロンドンを結ぶ定期便を来年4月から就航させると発表した。同路線の直行定期便は10年ぶりの再開という。関係者は「関空の追い風になる」と歓迎している。インバウンドの利用も急速に回復して来ている。
七尾 隆太(朝日新聞元編集委員)

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