- 歴代最悪の「与少野多」
4月10日の韓国総選挙は、保守系与党が大敗した。300議席で争う選挙は、与党が6議席減らした108議席、革新系野党が192議席となった。ユン・ソンニョル政権を支えてきた与党にとっては、文字通りの「惨敗」である。ユン大統領は、残り3年の任期を残す。一段と厳しさを増す「与少野多」のねじれ国会に、ユン大統領の求心力はますます低下するにちがいない。
ユン大統領は4月29日、最大野党「共に民主党」のイ・ジェミョン代表と会談した。ユン大統領としては、野党との対話姿勢を強調し、国政運営を推進しようとしたものである。しかし、130分続いた会談は1対1の対話がなかったほか、これといった合意文の発表もなかった。与野党による対話の第一歩となったとはいえ、前途多難な政権運営を予感させるものとなった。
韓国の国会では、200議席が大きな分岐点となる。大統領が国会に再審議を求めて送り返した法案について、再投票で議決できる条件となる。また、憲法改正や大統領の弾劾訴追を議決する重大な要件でもある。少数の与党内から8票以上の離反が出れば、野党側は大統領権限を抑え込み、弾劾まで可能となる。ユン大統領にとっては、最悪の「与少野多」と言ってよかろう。文字通り、「一寸先は闇」だ。
- 与党大敗の要因は何か
与党が大敗した要因は何だったのだろうか。2点、指摘したい。まず、ユン大統領の政治姿勢の問題。次いで、ユン政権を支持する若年層の離反である。
ユン大統領の政治姿勢には、その経歴からくる独自性がある。ユン大統領は検察官出身だ。検察時代、保守系のパク・クネ元大統領やイ・ミョンバク元大統領をめぐる不正事件を徹底捜査し、パク大統領については弾劾・罷免につながる事件となった。これを評価した当時の革新系大統領、ムン・ジェイン氏が検察総長に抜擢したが、当時の法相、チョ・グク氏の不正をも徹底追及し、政権とも対立した経緯がある。一方、妻のキム・ゴンヒ女史にかけられた疑惑や自らの政権の不正に対しては、捜査する気配がないと見られている。信念を曲げず、独断的かつ妥協知らずとの見方は、「身内に甘い」との見方に転じ、批判の声は高まってきていた。
ユン政権に期待した若年層にも大きな変化が起きている。ユン大統領は政治経験がなく、政策遂行にあたって関係者との調整や意思疎通が十分図れず、成果は限定的だ。期待した若年層にとっては、期待外れとなってしまった。
韓国は、経済発展を遂げた一方で、少子高齢化、最悪の自殺率と出生率、経済格差、若者の高い失業率と就職難など深刻だ。明日の韓国を担う若年層にとっては、自らも苦しむ課題ばかりだ。十分な成果が上げられないユン政権に対し、若年層の期待が萎むのも無理はない。総選挙における出口調査によれば、2022年3月の大統領選挙で、ユン大統領を選んだ20代女性が33・8%だったのに対し、今回の支持率はほぼ半減したという。また、男性では58・7%から31・5%にまで落ち込んでいる。若年層が与党から離反していることがはっきり見て取れる。
- 気になる日韓関係の行方
今回の選挙における与党大敗は、内政、外交問わずにユン政権に少なからず影響を与えるだろう。厳しい対日姿勢で知られる野党がさらに勢力を強めるなか、日韓関係の行方が気にかかる。
ユン大統領は、2年前の大統領選挙を機に、戦後最悪と言われた日韓関係の改善に取り組み、今も一貫した姿勢を取り続けている。大統領に就任して以降、日韓首脳会談は合わせて7回に及び、シャトル外交も復活した。この間、ユン大統領は、徴用工や慰安婦などの歴史問題を中心に積極的に取り組んできた。ところが、ユン政権の対日政策を厳しく批判してきたはずの野党側は、今回の選挙戦で日韓関係を争点にすることがなかったという。
今回の選挙結果について、日韓双方のメディアの伝え方を見てみよう。まず、日本の大手各紙の社説は、「韓国与党敗北 日韓関係に影響が及ばぬよう(読売:13日)」、「与党大敗でも日韓協力の歩みを着実に(日経:12日)」など、日韓関係への影響を懸念する論調が主流であった。また、特にミサイル発射を繰り返す北朝鮮の対応をめぐり、価値観を共有する日韓の連携が極めて重要であると指摘している。
これに対して、韓国大手各紙の社説はどうだろうか。「傲慢なユン大統領を民心が審判、残りの3年国政どうなるか(朝鮮日報)」、「韓国総選挙で圧勝した野党、これからは国政に責任を負う姿勢見せなくては(中央日報)」、「韓国国民はユン大統領を審判した(ハンギョレ)」が選挙翌日のものである。総じて、韓国メディアは国内政治の混乱をさけることに重きを置き、与党には反省を、野党には節度を求める点でほぼ一致している。一方、激動する国際情勢や日韓関係に言及するものはほとんど見られない。気がかりな日韓関係の先行きは不透明で読みにくい。
- 日韓共通の価値観が問われる
日韓関係の改善にあたって、ユン大統領は次のように繰り返してきた。日韓両国は「自由、人権、法治の価値を共有し、共同の利益を追求し、世界の平和と繁栄のために協力するパートナー」であると。また、韓国を「グローバル中枢国家」と名付け、国際社会で確固たる役割を果たすとの考えを強調している。G7にも招待される経済大国となった韓国としては、欧米各国や日本とともに価値観を共有する対等な関係を築くとの強い意思を見て取ることができる。
そのユン大統領を支えてきた与党が選挙で大敗したとなれば、いったい韓国の一般市民は、国際社会における韓国の役割や日韓関係をどう見ているのかという、疑問が湧いてくる。韓国の友人にメールで日韓関係について聞けば、思わぬメールが返ってきた。「日本では、日韓関係の先行きについて暗い見方が多いみたいですね。でも韓国では日韓の間にこれといった懸案がないせいか、ユン大統領が進めた韓日関係改善については、肯定的な評価が多いです。一般市民、とくに余裕のない若者ももはや日韓関係を再び逆行させることは決して望んでいないと思う」と書かれていた。また、「ユン大統領の今後3年の政権運営にはあまり期待していないが、日韓関係が後戻りすることがないよう願うばかり」と綴っている。一人の韓国ウッチャーとして推察していた、韓国の一般市民の考えや願いとまさに一致するメールだった。
日韓を取り巻く環境を見れば、ロシアが侵攻し続けるウクライナ、犠牲者が3万4000人を超えるパレスチナ、ミサイル発射を繰り返す北朝鮮、覇権主義が際立つ中国など、国際秩序はもう「ぐじゃぐじゃ」寸前と言ってもよい。選挙で厳しい審判を受けたとはいえ、ユン大統領の言う、「自由、人権、法治の価値を共有し…世界の平和と繁栄のために協力するパートナー」に日韓がなれるかどうか、今まさに問われている。
韓国の友人のメールはもちろん信頼したい。それでもユン政権下の韓国を訪れ、直に確かめたいとも思う。 羽太宣博(NHK元記者)