生成AIと新薬開発 

 米グーグルは、専門性の高い生成AIの開発に取り組んでおり、一部の科学者には欠かせないものとなっている。それが、グーグル・ディープマインドがタンパク質の立体構造を予測するために開発したソフトウェア「アルファフォールド」である。このほど、最新の研究開発成果が英科学誌「ネイチャー」に掲載され、その性能が大幅に向上したことが示された。

 タンパク質は、アミノ酸が一本の鎖上につながっており、らせん状の構造や屏風を折りたたんだようなシート状の立体構造をとっている。さらに、その部分構造同士が複雑に折り重なって三次元構造を形成し、機能を持つようになる。ヒトの体内では、無数のタンパク質が互いに影響を及ぼしながら機能を発揮することで、生命活動を支えている。しかし、タンパク質が正常に機能しなくなることがあり、それが病気の原因となるのだ。さまざまな病気の治療に使われる医薬品の多くは、病気に関わる特定のタンパク質に作用することで効果を発揮する。そのため、その構造や相互作用を解明することは、病気の原因究明や治療薬の開発において重要な意味を持つ。

 グーグルは、こうした生体内のタンパク質の構造や相互作用を高精度に予測できるAI「アルファフォールド3」を開発した。これまで、2018年の「アルファフォールド1」の誕生に始まって、2020年に「アルファフォールド2」、そして今回のバージョン3に進化している。複数のタンパク質の情報を入力すると、個々のタンパク質の立体構造を予測し、互いにどのように相互作用を形成するのかを導き出せるという。開発の過程では、すでに知られている生体内のタンパク質の立体構造のデータをAIに学習させた。

 医薬品探索の研究では、病気の原因となるタンパク質の立体構造の解析のために、X線や顕微鏡を用いる。さまざまなタンパク質を試験管内で調製し、それらを混合して、X線や顕微鏡で三次元構造や相互作用の様子を観察するのだが、この過程は試行錯誤の連続で、首尾よく進めば数カ月、困難な場合には数年を要し、また解析が不成功に終わることもある。一方で、グーグルのAI技術を用いれば、実験的に解明しなければならなかったタンパク質の構造解明を瞬時に達成できるということになる。そのため、成果が得られるかどうか不確定要素を含む研究段階をAIに任せることで、その分、効率化が図られるというわけだ。

 しかし、実際に薬ができあがるまでには薬剤候補の効果や安全性を調べる動物実験や臨床試験(治験)などが必要となる。また、AIの予測に基づいて見出された薬剤候補が、狙い通りの効果を示さなければ、その原因をAIに再学習させることも必要だ。そのためには製薬会社との共同研究が不可欠であり、グーグルは米イーライ・リリーやスイスのノバルティスとの提携を開始したようだ。

 AIを用いた創薬は世界中の多くの企業や大学がしのぎを削っている。タンパク質の構造予測の研究は米ワシントン大学なども手がけており、タンパク質構造の予測手法を独自に公開している。わが国では、富士通と理化学研究所が生成AIの活用に乗り出すなど多様なアプローチが登場しており、これらの競争を通じてさらに画期的な技術が生まれるとの期待が高まっている。
福地俊(創薬研究者)

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