エッセー 通貨安のトルコをゆく(前編)

 コロナ禍明けの海外旅行の2回目は、円安の日本よりさらに通貨安のトルコを選びました。大阪の旅行会社が企画した4月21日から10日間のツアーで、「オリエント急行」で旅をする人々のために建てられた名門ホテル「ベラパレス」に2連泊するというのが売りでした。飛行機はトルコ航空で、トルコ最大の都市・イスタンブールへの往復直行便を利用しました。
 この季節のトルコは、イスタンブールの気候こそ東京と変わりませんが、カッパドキアなど内陸部は朝晩の冷え込みが厳しく、出発前、添乗員のアドバイスもあって、冬物から春物さらにTシャツまで季節を超えた多種多様な衣類を用意し、スーツケースに詰めこみました。まるで服の行商人になったような気分でした。

■トルコリラ投資で痛い目に

トルコの両替所

 通貨の両替は、現地の方がおすすめだというので、イスタンブールの空港に着いてからにしました。3万5000円をトルコの通貨・ トルコリラに換えました。トルコリラは、新興国通貨の中で人気があります。金利がとても高いからです。日本は長年の低金利だけに金利の高い外貨建ての投資は魅力的です。当然、トルコリラに投資している日本人は多いのです。私もその一人でした。
 2019年の3月、5年後に償還されるトルコリラ建てのゼロクーポン社債を約50万円で購入しました。税引き前の年利回りは、15.54パーセントの複利で、外貨ベースで投資金額がおよそ2倍になって返ってくるという低金利の日本から見ると夢のような商品でした。ただトルコリラの価値が5年後も変わらないというのが前提でした。実際は、トルコリラは下落を続け、振り返ると10年足らずで価値が10分の1にまで下がってしまいました。
 結局、今年の3月8日の満期に私の手元に戻ってきたのは日本円で16万円余り、倍になるどころか投資金額の3分の1になってしまいました。約33万円の損失です。私のようにトルコリラ投資で泣きをみた日本人の話はよく聞きます。トルコリラ安なので、現地に行けば物が安く買えると思ったのですが、このところの急激な円安と,今年3月の消費者物価指数が去年の同じ月に比べ68.5 %上昇するというトルコの物価高、さらに、店によっては外国人観光客に高い料金を設定する「2重価格」も加わって、トルコリラ安の恩恵はほとんどありませんでした。
 それでも今回の旅でトルコの食生活の豊かさや観光資源の多さなどを知り、トルコは投資先としてまだまだ十分に魅力のある国だと思いました。

■「トロイの木馬」、大林監督ならきっと怒った

トロイの木馬(映画用)

今回の旅行の最初の訪問地は、「トロイの木馬」で知られる世界遺産・トロイ
の古代遺跡でした。空港から団体バスでエーゲ海側に向かい4時間以上かかりました。古代ギリシャとトロイの戦争で、ギリシャ神話の英雄が巨大な木馬を作って兵士を潜ませ、城内に運び込ませて一夜にして陥落させたという物語があります。この時に使われたのが、「トロイの木馬」といわれています。トロイ遺跡には神話を元に複製された木馬がありますが、修復中のため遺跡から少し離れた港の広場にある「トロイの木馬」を観に行きました。こちらは、2004年のブラット・ピット主演のハリウッド映画「トロイ」の撮影用に作られたもので、中には入れませんが、下から見上げるとなかなか迫力があります。木馬をバックに記念撮影をする人が絶えず、人気の観光スポットになっています。
 この木馬を見たとき、郷里の大先輩大林宣彦監督(2020年4月死去)を思い出しました。大林監督が見たらきっと怒りだすだろうと思ったのです。話は19年ほど前に遡ります。
 尾道市で、映画「男たちの大和」(佐藤純彌監督、2005年12月公開)で使われた戦艦大和の原寸大のロケセット(実は段ボール製)が、約10か月にわたって一般公開され、大人500円、子供300円と有料だったにもかかわらず100万人の見物客で賑わったことがあります。この時、出身地の尾道で数多くの映画を撮影していた大林監督は、「映画がふるさとで撮影されたことは誇らしく思う。でもロケセットは、残すためのものじゃない。スクリーンに映し出されて初めてリアリティを持つ。単なる張りぼては、夢を壊すだけではないか。小学生からも金をとって、商売にしている。」と尾道市の観光行政を激しく批判しました。大林監督は、「公開中は尾道に帰らない」と宣言。結局、遺作となった「海辺の映画館」を尾道で撮るまで長い間尾道市と疎遠になりました。そんなことがあったので大林監督を思い出したのです。
 2004年のハリウッド映画「トロイ」は、実は地中海のマルタで撮影されました。「トロイの映画をトルコ以外の国で撮るなんて」とトルコが文句を言ったら撮影用に使われた木馬がトルコに寄贈されたそうで、それを観光名物にしたトルコのしたたかさに感心しました。

トロイの古代遺跡

■古代人の息遣いを感じさせるエフェソス遺跡
 旅の前半のハイライトは、トルコ西部のエーゲ海沿岸に今も残る都市史跡エフェソスでした。ローマの権力者アントニウスがクレオパトラと、束の間の平穏を過ごした地ともいわれています。ローマ遺跡の中でも最も保存状態がよく、当時の街の繁栄ぶりや人々の生活をうかがい知ることができる貴重な世界遺産です。代表的な建築物・セルシウス図書館は、火災や地震などの被害を受け1970年代に修復されました。巨大な石柱が目立つ2階建ての美しいデザインで、正面に知識や美徳を象徴する4つの女性像(複製)が立ち、柱や梁の細部にまで精緻な装飾が施されていました。一方、山の斜面を削って建設された半円形の大劇場は、舞台から客席の最上段まで60mの高さがあり、収容人数25000人で、宗教的なイベントや全市民参加の議会、さらに剣闘士と猛獣との闘いなどにも利用されたそうです。すり鉢状の構造は、音響効果に優れ、今もオペラやコンサートなどの会場になっているということで、私も手をたたいて音響効果を確かめてみました。 

セルシウス図書館
円形劇場

 セルシウス図書館から大劇場の間には大理石が敷き詰められた通りが伸びていて、私は妻と、アントニウスとクレオパトラになった気分で歩きました。次回後編、旅の後半はカッパドキアとイスタンブールを訪れます。 
山形良樹(元NHK記者)

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