南ア民主化選挙から30年 揺れる「マンデラ党」政権

 南アフリカの総選挙は先月(2024年5月)29日投票、開票作業が続いている。選挙管理委員会による確定結果は未だ出ていない。しかし、委員会はリアルタイムで開票状況を公表しており、開票率は既に94.66%。与党・アフリカ民族会議ANC「マンデラ党」の得票率は40.69 %にとどまっており、現地紙などがANCの過半数割れ濃厚と伝えている。[編集部注]

◆「マンデラ党」政権 初めての単独過半数割れへ

書籍『ANCに投票する理由』


 めくれども、めくれども……。書店に平積みされていた『ANC(アフリカ民族会議)に投票する理由』は結局、最後のページまでまっさらだった。与党ANCに票を投じる道理などない。そんな本が公然と陳列されているのが、2024年の南アフリカだ。

「黒人も白人も、全ての国民が堂々と歩める『虹の国』をつくる」。1994年、初めて全人種が参加した選挙で、ネルソン・マンデラが率いたANCは62 %あまりの票を集めて国の未来を託された。「虹の国」宣言から30年。一貫して政権を担ったANCは、5月29日の総選挙を終えて、岐路に立たされている。議席数が初めて過半数を割ることが決定的となり、連立を組まなければ政権を維持できなくなった。

◆民主化から30年 南アフリカの現在地
 ヨハネスブルク中心部の摩天楼。洒落たレストランやカフェで、平日の昼から富裕層が優雅にティータイムを過ごす。そのすぐ先の幹線道路で、擦り切れた服をきた子どもの物乞いが、食べ物を求めて運転席に声をかけながらさまよう。大都会のすぐ隣には、彼らが暮らすトタン屋根のバラックが地平線まで広がっている。

「アパルトヘイト(人種隔離)時代の方がましだった」。貧困に蝕まれる一部の黒人から、そんな声さえ聞こえてくるという。持てる者と持たざる者の分断は、過去30年で解消されなかった。失業率は上がり続け、30%を超えた。治安も悪化の一途だ。政府の統計によれば、国内の殺人事件は1日あたり75.3件、誘拐事件は42件も起きている。駐在員たちは、屋外を歩いて移動できない。

 加えて、停電だ。ここ数年、「ロードシェティング」と呼ばれる計画停電が毎日のように起きる。国営電力会社による電気設備の補修不全、それに政治家との癒着も原因とされる。停電は、政権の統治不全と「腐敗」の象徴として、日々、国民を失望させた。

◆有権者の生の声は
 ここで暮らす人は、民主化後の30年を、いまのこの国をどう見ているのか。各党が国中を行脚する選挙活動を追いかけた。

 「ミスターラマポーザ!」。大歓声が沸き起こる。舗装もまばらな道の先に、ブロック壁やスレート葺きの平家の住宅が立ち並ぶ旧黒人居住区・ソウェト。ANC率いるラマポーザ大統領が生まれ育った故郷だ。大統領が車を降りると、ひと目見ようとする人がどっと押し寄せた。
支援者に話を聞いた。大統領の顔が三つもプリントされた布を纏った男性(59)は、ANC支持を貫いている。「アパルトヘイトの時代に戻るのは怖いから」。別の女性(47)も、「第一党だから支持している。今さら『国の父』は変えられない」と、忠誠心をみせる。ただ、ANCの牙城で、野党EFF(経済的解放の闘士)の真っ赤なTシャツを来て歩く人とたびたびすれ違ったことが気になった。

 ソウェトから南に300キロ離れたツゥワツゥワ。ここで開かれた野党第一党・DA(民主同盟)の集会は、明らかに雰囲気が違った。DAは南アの人口の1割を占める白人の声を代弁する存在で、党首も支持基盤も白人だ。その演説会場を黒人の住民たちが埋め尽くしていた。
参加していた男性(60)は、当初ANCを支持していたが、1999年から投票先をDAに変えた。「ANCは仕事も家もくれると言ったのに、約束を破った」と不満を漏らす。この日、DAは工場建設による雇用創出などの公約を掲げて支持を訴えた。彼にしてみれば、「約束を守ってくれる」政党なら、肌の色は関係ない。スティーンハイゼン党首が、ANCの失政について「もうたくさんだ!」と批判すると、ひときわ大きな声援が送られた。

 第二野党のEFFのソウェトでの集会は、特設の屋外ステージで開かれた。腹に響く重低音のクラブミュージックが流れ、「野外フェス」の様相だ。この日も、物議を醸す「例の歌」を大合唱した。歌詞は、「白人を殺せ」……。過激な急進左派政党が、若者を中心にじわりと人気を集めている。マレマ党首は「400万人の新規雇用」や「教育の無償化」など魅力的なマニフェストを語るが、有識者は「そんな財源はない」と実現可能性を疑問視する。私の友人の黒人女性(33)も、支持者の一人だ。EFFは未来を良くしてくれると思うか、と率直にたずねたところ、彼女の期待はそこにはなかった。「政権に対する強力な反対勢力が必要だから」票を投じるのだという。

◆国際社会で南アの存在感が高まる中で
 マンデラの人気は、いまも確かに健在だ。一方で、人種隔離政策が撤廃されたあとに生まれ、白人支配の時代を知らない「ボーン・フリー世代」も増えた。こうした世代を中心に、ANC政治にノーを突きつける声が大きくなってきている。南アは、ガザ地区への攻撃をめぐってイスラエルを国際司法裁判所に提訴するなど、「グローバルサウス」の一角として国際社会でのプレゼンスを高めている。そんな中、国民の支持を失うANCはどう舵取りするのか。時代の波に飲み込まれることなく、見届けたい。

神谷美紀(元東海テレビ記者)

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