「子宮移植」は必要な医療なのか

■突っ走ると「和田心臓移植」と同じ運命をたどる

 今年7月14日のことだ。日本医学会の検討委員会が「子宮移植」について臨床研究を認める報告書を公表した。

 子宮移植は子供を産みたくとも子宮のない女性が妊娠・出産できる第3の選択肢として注目される。しかし、移植、摘出と繰り返される手術が難しいうえに、倫理面での課題も多い。検討委員会が容認の結論に至るまで2年余りの時間がかかった。会議では「いまの時点では実施する環境にない」との慎重な意見も出た。報告書でも「未完成の医療技術」と指摘している。今後の臨床研究の結果に対する検証はもちろんのこと、透明性の確保や社会での議論が必要である。

 心臓や肺、肝臓、腎臓などの臓器をドナー(臓器提供者)から摘出して患者(レシピエント)に移植する臓器移植は、それを施さなければ患者の命を救えないという、生命維持にかかわる究極の医療である。医学・医療的にも、生命倫理的にも、社会的にも高度な存在だ。

 これに対し、子宮移植は子供を産むことが目的だ。子宮の移植を受けなければ、その患者が死亡するというものではない。他人の子供を戸籍上の息子や娘にする「養子縁組」や、夫婦の受精卵を使って第3者に子供を産んでもらう「代理出産」という選択肢もある。

 結論を先に言えば、子宮移植には賛成できない。子宮移植はその是非をめぐっての論議が不足している。時期尚早だ。「医学的に可能だから」と医学・医療側が突っ走れば、不十分な脳死判定で大きな社会問題となり、結果的に日本の移植医療の発展を妨げた「和田心臓移植」(1968年8月)と同じ運命をたどることになるだろう。

■対象はロキタンスキーから子宮筋腫、がんまで

 現在、国内初の実施を目指す慶応大学のチームが準備を進めている。慶大では「ロキタンスキー症候群」と呼ばれる生まれつき子宮のない女性を対象患者とする方針だ。このロキタンスキー症候群は生まれてくる「女の赤ちゃんの4500人に1人」、つまり「0・02%」の確率で発生する。慶大では今後、子宮筋腫やがんなどの疾病で子宮を失った女性も対象患者に加えていくという。

 母親や姉妹らの親族をドナーとし、提供された子宮を患者に移植する。移植後1年間ほど子宮が定着するかどうかを観察し、定着していれば体外受精によってあらかじめ冷凍保存しておいた患者と夫の間にできた受精卵を子宮に戻し、妊娠・出産させる。

 移植された子宮は女性患者の体に異物とみなされ、免疫機能によって破壊される。この拒絶反応を防ぐためには、免疫抑制剤を投与し続けなければならない。投与が生まれてくる子供にどう影響するか不明な点もあり、副作用が懸念される。

 昨年11月、慶応大と東海大などの研究グループが子宮を移植したサルの妊娠・出産に「日本で初めて成功した」と発表し、大きなステップとして期待された。だが、人の子宮移植はまだ「未完成の医療技術」なのである。

■16カ国で計85件しか実施されていない

 世界初の子宮移植は2000年にサウジアラビアで行われた。その後、アメリカやスウェーデンなどでも実施され、2021年3月時点までに16カ国で計85件行われている。しかし、生まれた子供は40人と実施件数の半分以下だ。

 子宮を傷つけないように慎重に子宮を摘出するため、手術は難しく、平均で8時間以上はかかる。費用も移植から出産まで2000万円以上かかり、経済的な負担は軽くはない。

 なかでも問題なのは、脳死体からの脳死移植ではなく、健康なドナーの体にメスを入れて子宮を取り出す生体移植に依存せざるを得ない点だ。子宮移植は臓器移植法の対象外で、脳死体からの子宮を摘出することは法的に認められない。子宮を摘出することでドナーとなる母親や姉妹の体を傷付けなければならない。移植を受ける患者の出産は帝王切開となり、出産後には子宮を摘出する手術も行う。患者は子宮移植、帝王切開、子宮摘出と少なくとも3回は手術を受ける必要がある。「手術は必要悪だ」とよく言われる。それだけにドナー、患者ともに術後の十分なケアが不可欠である。

 日本医学会が容認したのは、あくまでも新しい治療を開発するための臨床研究であり、複数の条件が付けられている。たとえば、条件としてドナーが移植と子宮の無償提供に同意していることが求められる。同意がしっかりとしたものか、無理はないかなど、専門医によるドナーと患者への精神的カウンセリングの体制を整えておく必要がある。

 さらに生まれてくる赤ちゃんが自分の出生についてどう思うか。親はそれにどう答えるか。成長していく子供のケアも欠かせない。

論議に多くの人が参加することが大切だ

 初めに「子宮移植は論議が不足している」と書いたが、子宮のない女性とその家族以外の人は子宮移植に関心を示さないだろう。

 しかし、臓器移植は臓器を提供するドナーとその臓器を必要とする患者(レシピエント)、それに移植医を軸に様々な人が参加する社会性の高い医療である。それゆえ、子宮移植の是非についての議論にもできるだけ多くの人が参加し、社会的合意を形成しておくべきである。

 それではより多くの人が議論に参加するようになるにはどうすればいいのか。人は関心を持たないと、動こうとしない。ドナーやレシピエントとして臓器移植を経験した人とその家族が公の場で議論への参加を呼びかけることが大切である。海外から子宮移植の経験者を呼んで話を聞く講演会を開催してもいいだろう。厚生労働省など国の行政機関が音頭を取ってそうした公開シンポジウムを開いてもらいたい。

 7年前の「メッセージ@pen」(2014年7月)で「代理出産、人工授精、体外受精…。生殖医療の議論から逃げるな」との見出しを付けた記事=下記URL➀=を書き、2015年1月には「『どう生まれて死ぬか』これが今年最大の医療テーマだ」(見出し)という記事=同②=も執筆したことがあった。

 今回取り上げた子宮移植も生殖医療のひとつだが、生殖医療を補助する医療の整備はかなり遅れている。厚生労働省は法整備を目指す報告書を2003年にまとめ上げたが、国会では立法化への議論が進んでいない。国会議員の多くは死生観についての議論となると腰が引けてしまう。選挙で票に結び付かないからだろう。

 しかし、ルールのないなかで祖母が孫を産む代理出産が実施されたり、冷凍保存された精子で夫の死後に出産したりする不妊治療が行われているのが現状である。新政権には生殖補助医療についての法整備を進めてもらいたい。

木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)

代理出産、人工授精、体外受精…。生殖医療の議論から逃げるな| Message@pen (message-at-pen.com)

「どう生まれてどう死ぬか」 これが今年最大の医療テーマだ| Message@pen (message-at-pen.com)

Authors

*

Top