「ジカ熱と小頭症」感染拡大の向こうに健康弱者がいる

 WHO(世界保健機関)が2月1日、蚊が媒介する感染症の「ジカ熱」について「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言した。緊急事態宣言は、一昨年8月のエボラ出血熱以来のことである。
 ブラジルなど中南米でアウトブレイク(流行)し、日本でもブラジルから帰国した川崎市の高校生が感染していたことが最近、分かった。このジカ熱、妊婦が感染すると、小頭症の子供が生まれる危険性が指摘されている。
 今回はジカ熱を取り上げ、WHOの対応などについて考えていきたい。
 ジカ熱はジカウイルスを持つ蚊に刺されて感染する。1947年にアフリカ・ウガンダのジカの森のアカゲザルからジカウイルスが見つかった。アフリカの風土病だった感染症が、航空機などの発達で世界に広がっている。発熱や頭痛などかぜによく似た症状が出る。これらの症状は軽く、7日以内で治る。8割の人は症状も出ない。その意味では恐れる必要のない感染症だろう。
 ただし生まれてくる子供に大敵となる可能性がある。脳の発達が遅れて障害が残る小頭症との関連が大きな問題になっている。ブラジルでは昨年5月の感染確認以来、4000件を超える小頭症児の出産が報告されている。
 ワクチンや特効薬はない。流行地域の蚊に刺されないことが一番の予防で、治療も対症療法となる。これまでアフリカやアジアで流行していたが、ブラジルでの感染確認以降、中南米を中心に約30カ国に感染が拡大した。WHOは今後1年間に中南米だけで感染者が400万人に増える可能性があると警告している。
 いまのところ日本国内での感染はないが、川崎市の高校生のように海外で感染して帰国後に確認された事例は過去にもある。厚生労働省は全国の検疫所や保健所でジカウイルスが検査できる体制を整えるとともに、ジカ熱を医師に届け出を義務付ける感染症法の4類感染症に指定した。
 ところで考えたいのが、公衆衛生上の緊急事態宣言を出したWHOの対応である。
 感染症の知識が少しでもあれば「大半の人が軽い症状で済むというのにエボラ出血熱と同じ緊急事態は大げさだし、緊急事態宣言が深刻な風評被害を招きかねない」と思うだろう。
 WHOは2月1日に専門家による緊急委員会の電話会議を開いて協議。その結果、妊婦の感染と小頭症の因果関係が「科学的に証明されていないが、強く疑われる」という点で意見が一致し、宣言を出すことを決めたという。
 西アフリカのエボラ出血熱の流行ではWHOの初動対応が遅れ、感染を拡大させたと批判された。今年8月にはリオデジャネイロ五輪が控え、世界中から多くの人が集まり感染が地球規模で拡大しかねない。政治的にはエボラ出血熱の反省と五輪開催が、ジカ熱の早い対応に結び付いたともいえる。
 ジカ熱のように健康な人にはほとんど問題ないが、感染が拡大していくと、子供や高齢者、持病を持つ患者らいわゆる健康弱者に大きな被害をもたらす感染症は多い。感染拡大の向こうに健康弱者の被害があることを忘れてはならない。われわれ国民ひとりひとりがこれを理解したい。WHOの対応はこの感染症対策の基本に沿ったものだと思う。
 健康弱者をどう救うのか。たとえばインフルエンザ。毎年冬になると、多くの高齢者が亡くなっている。インフルエンザのようにワクチンが開発されていれば、高齢者だけでなく、多くの人が予防接種を受け、感染拡大を抑制できる。その意味でジカ熱のワクチン開発は治療薬の研究と並んで必要だし、ボウフラの駆除など蚊を減らすことも感染予防につながる。
 ジカ熱と同じように新生児に悪影響を与える感染症に風疹がある。日本では2013年に大流行し、妊婦が風疹のウイルスに感染した結果、難聴や白内障、心臓病などの障害を招く先天性風疹症候群(CRS)の子供が過去最多の31人となった。
 ジカ熱と違い、風疹にはワクチンがある。ただし妊娠前の女性だけではなく、男性も含めたすべての国民がワクチン接種で免疫を得ないと、CRSはなくならない。風疹の次の流行は2020年の東京五輪と重なる恐れがある。それまでに風疹を撲滅したい。
 蚊に刺されて感染するのはジカ熱だけではない。まひや知能障害が残る日本脳炎、1昨年夏に70年ぶりに感染が確認されたデング熱、地球温暖化の影響から日本で発生してもおかしくないマラリアなどすべて蚊が媒介する。
 蚊は刺されてかゆくなるだけではなく、感染症の感染源として認識する必要がある。蚊が媒介する感染症の流行地域では蚊取り線香や虫よけスプレーを使う。刺されて体調を崩したら専門医の診断を受ける。これが大切である。
木村良一(ジャーナリスト)

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