<シネマ・エッセー> フランス組曲

アウシュビッツに散った作家、イレーヌ・ネミロフスキーの遺著『フランス組曲』(平岡敦訳・白水社)は、著者の死後60年以上がたって娘が保管していたトランクから手書きの原稿が発見され、世界中でベストセラーになった。私も昨年興味深く読んだが、英、仏、ベルギー合作で映画化され、1月8日から全国ロードショーで上映される。

第2次大戦が始まった翌1940年6月、フランス中部の田舎町、ビュシーにもドイツ占領軍がやってくる。無防備都市となったパリからは避難民も押しかけ、町は異様な雰囲気に包まれている。

夫がフランス軍に出征したあと地主の義母と留守宅を守るリュシルの家にも、ドイツ軍のブルーノ中尉が宿泊。元作曲家でピアノを弾き、紳士的なブルノーに好意を持つリュシルに対し、義母は「息子は捕虜になって強制収容所へ連行された。ドイツ人は憎むべき敵!」と反発する。

占領軍と町民の間で様々な混乱が起きるが、中でもブルーノの同僚、ボネ中尉はリュシルの家の小作人、ブノワの妻によこしまな欲望をむき出しにし、のちにボネ中尉の殺人事件の伏線になるのだが、それを食い止めようとするリュシルとブルーノ中尉の努力が二人の恋の起爆剤になってゆく。

町に残る城の貯蔵庫へ食糧を盗みに入ったブノワが、逮捕に向かったボネ中尉を殺害して逃亡する事件で、ドイツ占領軍と町民との関係は一変して険悪なものになる。責任を問われた町長が銃殺されるシーンや、ブノワがリュシルの車にかくれてパリへ脱出するのを、検問所でブルーノ中尉が見逃すラストシーンなどは異様な迫力があった。

ユダヤ系ポーランド人、シュピルマンの逃亡劇を描いた『戦場のピアニスト』(2002年)でも、廃墟のワルシャワでドイツ人将校、ホーゼンフェルトとの出会いにピアノが重要な役割を果たすが、この映画でもリュシルが大切にしている古いピアノがブルーノとの禁断の恋を濃密なものにしてゆく。いずれも戦争と音楽、ピアノ曲と人間の運命についての不思議な結びつきを描いているのだ。

原作の著者、イレーヌ・ネミロフスキーはウクライナの首都、キエフの富豪だったユダヤ人の血を引き、パリで作家として成功するが、ナチス・ドイツのフランス占領によって出版活動を禁じられる。さらに夫とともにアウシュビッツに送られたとき、当時12歳と5歳だった娘たちに託された原稿が映画の最後にスクリーンいっぱいに映し出される。手書きの細字でびっしり綴られた原稿と、バックに流れる<フランス組曲>の音楽が戦争の悲惨と民族差別の非情を訴えてくるようで、見終わって立つまでに時間がかかる重苦しい映画の幕切れだった。
磯貝 喜兵衛(元毎日映画社社長)

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