<シネマ・エッセー> アメリカン ドリーマー

1981年といえばレーガン大統領がワシントンの路上で狙撃され、ロスアンゼルスで三浦和義の妻の一美さんが銃撃される事件があった。ベトナム戦争の残酷さを描いた「地獄の黙示録」や「プラトーン」「ディアハンター」などが上映されたのもこの頃で、ニューヨークの地下鉄は落書きだらけの荒んだ光景が見られ、統計史上最も犯罪が多発した年だという。

この映画の原題もA Most Violent Year. 中南米移民の主人公、アベル・モラレス(オスカー・アイザック)は夫婦で力を合わせて小さなオイルカンパニーを経営する”アメリカン ドリーマー”だが、4人家族の彼らに突然、暴力的事件が容赦なく降りかかる。

終戦直後の混乱期、神戸では暴力団などが銃器を持って暴れた時代が日本にもあった。1960年代大阪で事件記者をしていた頃も、日本で最大の組織暴力団だった神戸の山口組が全国的に勢力を広げ、各地で抗争や暴力沙汰を起こし、その取材に走り回ったことを思い出すが、ベトナム戦争後のアメリカでこれほど無秩序に暴力と犯罪が横行していたとは驚きだった。

この映画ではモラレス夫婦がやっと手に入れたニューヨーク下町の家の周囲で、マフィア集団が石油タンク車を襲ってガソリンを車ごと奪い取る事件が続き、運転手たちに銃器の携帯を認めないモラレスは、計画的に石油トラックを襲ってくる犯罪者たちにドンドン窮地へ追い込まて行く。

事業を拡大するためユダヤ人から用地を購入しようと、全財産を投入して手付金を支払っていたところへ、盗難続発で残金が払えなくなり、人生を賭けた取引が崩れ去ろうという寸前、モラレスの必死の巻き返しが始まるのだ。

ここで面白いのは、ブルックリンのギャングを父に持つ妻のアナ(ジェシカ・チャスティン)との葛藤で、「これは”戦争”よ!」と、運転手たちへの武器携帯と反撃を主張するが、モラレスはあくまで”非武装”を貫くため、事態はさらに悪化する。

銀行に融資を断わられて、ユダヤ人からの土地購入の残金支払い期限が目前に迫ったモラレスは、脱税容疑で彼を追求する検事との対立もあって、二重、三重の苦境に追い込まれ、最後は彼自身の壮絶な犯人追跡劇へ移るのだが、「フレンチ・コネクション」でも見たことのあるニューヨークの地下鉄と高速道路をからめてのカーチェイス・シーンが圧倒的で見ものだ。

最後に行き詰まった資金調達を買って出たのは、オイルビジネスの経理を任されていた妻のアナで、日本流に言えば「山内一豊の妻」的ヘソクリが<アメリカン ドリーム>の危機を救うことになる。脚本・監督はJ・C・チャンダーでアカデミー賞など6部門を受賞している。10月1日公開。
磯貝 喜兵衛(元毎日映画社社長)

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