新国立競技場「無責任の体系」断ち切れ

IMG_9108

IMG_9110

IMG_9502 新国立競技場が現行デザイン案のまま総工費2520億円で建設されることが決まった。6月29日の2020年東京五輪・パラリンピック組織委員会の調整会議で下村博文・文部科学相から報告された。詳細は7月7日に事業主体である日本スポーツ振興センター(JSC)が開催する将来構想有識者会議で明らかにされる予定だが、北京五輪スタジアム建設費の5倍にも及ぶ建設費の調達めども、五輪後の維持費確保のめども立たない中での“見切り発車”には批判の声も強い。下村文相自身が「責任の所在が不明確」とする「国家的プロジェクト」は、どのような構図で進められるているのか、このまま突き進んでよいのだろうか。
●「人間不在の計画」
 五輪調整会議と同じ29日、都庁で新国立競技場建設のため都市計画上の用途許可を諮る東京都建築審査会(議長=河島均・元都都市整備局長)が開かれた。この案件には近隣住民や立ち退きを迫られている都営霞ヶ丘アパート住民代表らから反対意見が表明されていたが、河島委員は「霞ヶ丘アパート敷地は、競技場の人工地盤から人が降りていくために一体的整備が必要。自発的な移転を願うのは違うのではないか」と強制執行をにおわせる発言をもした上で、同意をとりまとめた。
 神宮外苑は本来15mを超す建物が建たない風致地区だが2013年6月に高さ制限を75mに大幅緩和する地区計画が決定された。この日の決定はこの地区計画を根拠とする。デザイン決定後の地区計画決定には批判も根強く、審査会でも建築担当の委員から「最大限市民の意見を吸い上げ、未来の世代から歓迎される競技場を」との意見表明があった。また行政担当の委員が近隣住民の意見に出てくる数字と行政の説明する数字に齟齬があることを指摘し「十分な説明はされたか」という質問もあったが、適切な回答はなされなかった。
 霞ヶ丘アパートは1964年五輪のために立ち退いた人たちが暮らしている。傍聴に訪れた住民代表は審査会終了後「高齢化が進み介護を要する住民を地域コミュニティーで支えていたが分断された。人間不在の計画だ」と怒りを漏らした。他の傍聴人からも「都のOBが議長の『審査会』にどれだけの公正さがあるのか」と疑問の声が上がった。
●膨れ上がった建設費
 新国立競技場については2012年7月に文科省所管の独立行政法人、日本スポーツ振興センター(JSC)が「今世紀最大の国家プロジェクト」として国際コンクールを行い、建築家の安藤忠雄さんを審査委員長とする「有識者会議」が同年11月、イラク出身の建築家、ザハ・ハディドさんを「デザイン監修者」として選んだ。

背骨のような2本の「キールアーチ」が特徴で、JSCの河野一郎理事長は発表時「相当な技術力が必要。完成させたら『さすが日本だ』と言われるだろう」と讃えた。しかし建築費はコンペ時の1300億円からその後の試算で3000億円に膨らみ、JSCは計画を一部修正し一度は1625億円に抑えたが、施行担当の竹中工務店や大成建設と検討を重ねるなかでさらに膨れ上がり、旧競技場解体後の今年5月、工期と予算不足が公にされた。
 2052億円の建設費について下村文相は、競技場の命名権売却も検討するほかスポーツ振興くじ「toto」の売上や国費、さらには選手育成のために使う「スポーツ振興基金」の一部を切り崩して充当する意向を示しているが、依然970億円ほどの不足が見込まれる。文相は都に500億円の拠出を求めているが、舛添要一知事は「都民が納得できる説明をまだ受けていない」と慎重姿勢を見せている。
●責任たらい回し
 この計画に対しては建築家の槇文彦さんが2013年8月に反対意見を表明して以来、大きな議論が沸き起こっている。槇さんは建設費高騰の原因であるキールアーチをやめれば工期も予算も圧縮できると提案したが、現行デザインが維持された。下村文相は工期遅れや建設費の膨張について6月9日「全体的な責任者というのがはっきりわからないまま来てしまったところもあるのでは」と、責任の所在が不明確だったとの認識を示した。文科相、文科省、文科省所管の特殊法人であるJSC、森元首相らの間で責任のたらい回しが起こっている印象だ。この状況について建築エコノミストの森山高至さんは「もはや誰が得をするかではなく、危険から逃れる行為として関係者が走っている状態」と指摘する。
 政治学者の丸山眞男は『現代政治の思想と行動』(1964年)において第二次世界大戦に向かった日本のファシズム支配の構造を「無責任の体系」と表現し、その政治的人間像を「神輿」=権威、「役人」=権力、「無法者」=暴力の3類型に分類した。政治家が「五輪」や「国際公約」といった神輿を担ぎ、役人が権力を振るい、その政権を暴力的な言葉を吐く群集が支える。新国立競技場を動かす「無責任の体系」を断ち切る英断を望みたい。
中島みゆき(全国紙記者・東京大学学際情報学府)

写真=解体された国立競技場と東京都庁から見た新国立競技場予定地  

Authors

*

Top