新刊紹介「日本の森列伝ー自然と人が織りなす物語」

 日本は森林大国である。国土の3分の2が森林に覆われている。フィンランドにトップの座は譲るが、ノルウェーとほぼ肩を並べる。先進国の中でも群を抜く高さだ。しかも、日本列島は南北に長い。南には亜熱帯の樹木が茂る。北上するにつれて暖温帯、冷温帯に移り、北海道では亜寒帯の森にも出会える。雨量にも不足はない。これほど豊かで多様な森林を持つ国は世界に無いといっていい。
 もう一つ、日本の森林を特徴づけるのは人との関わりだ。列島に人が棲みついてこの方、森は人々の暮らしを支えてきた。森の恵みを頂き、時に森を破壊し時に森を守った。どの森にも人の痕跡が残る。本の副題に「自然と人の織り成す物語」と付けた所以である。
 「多様性」と「人」の視点から、本書は北海道から沖縄まで12の森を選び、歩いたルポである。
北海道黒松内・北限のブナの森 函館から約100キロ北にブナの北限がある。氷河期に新潟の南にまで後退していたブナが、温暖化とともに北上を始め北限の地にたどり着いた。津軽海峡を越えるのに3千年がかかった。自ら移動できない樹木がどうやって進んできたのか。ブナの戦略はすごい。
山形県・庄内海岸砂防林 厳冬に北西の季節風が吹き荒れる。烈風が巻き上げた砂は家屋を埋め、田畑を覆う。そのすさまじさは想像を超える。人と砂嵐との闘いは400年に及ぶ。植えては枯れる、を繰り返した。海岸には長さ約33㌔、幅1.5-3㌔のクロマツ海岸林が砂を食い止めている。
福島県・奥会津源流の森 奥会津の山々は偽高山帯。標高は低いが、厳しい自然条件で山頂部に樹木は育たない。まるで高山のような風景になる。際立つのは豪雪だ。雪は雪崩となって独特の地形をつくり、植物は雪崩に耐える特質を持つようになった。一方で雪の下は気温ほぼ0度、雪は厳しい寒さから守ってくれるマントにもなる。自然環境が森の在り様を決定している。
静岡県伊豆半島・天城山塊の森 伊豆半島は太平洋の彼方からフィリピン海プレートにのってやってきた。やがて日本列島にぶつかり、列島の一部になった。壮大な地球のドラマである。その刻印はいまも天城山塊に残り、特異な植生も生んだ。山稜には、太平洋型のブナが茂る。江戸時代の小氷期に根付いたという。
比叡山・延暦寺の森 天台宗の総本山延暦寺の寺領、比叡山の森は日本史の大舞台、京都と近江を分かつ位置にあり、国家権力と宗教に翻弄されてきた。戦乱と権力闘争に明け暮れ再建のために森は伐採された。江戸時代には徳川家の庇護を受け、明治には神仏分離令によって寺領を没収された。
奈良県・春日山原始林 春日大社の背後にある山に広がる森林が春日山原始林である。奇跡の照葉樹林が残る。神の山として不伐の掟があったからだ。しかし、森の様相は変化しつつある。最大の圧力は植物を食べ尽くすシカだ。神鹿降臨に始まる大社ではシカは神の使い。どうするのか、答えが見つからない。

長野県・上高地の森 上高地には太古の森があると思う人は多いだろう。だが、実際には昭和の初期まで約300年にも渡る伐採の歴史が秘められている。登山の聖地となる前には、松本藩の財政を支えた林業の地であった。
  紀伊半島・大台ケ原の森 有数の多雨地帯が深い森をつくってきた。明治になって大規模な森林伐採が始まり、いまでは観光用のドライブウェーが山頂近くまで伸びている。北方の針葉樹トウヒの南限として知られ、山頂部にはトウヒの白骨林が異様な姿をさらしている。論争が続く。トウヒ消滅は人災か、自然現象か。守るべきか、自然に任せるか。
佐渡島・新潟大学演習林 洞爺湖サミットで展示された巨大スギの実物に会いたいと島を訪ねた。冬の厳寒と積雪、夏の雲霧帯によって知られざる山中に樹齢数百年のスギ群落が育まれた。これこそ、稀有な「手付かずの森」かもしれない。
立山・タテヤマスギの森 樹齢千年から2千年というスギの数は、屋久島をはるかに凌ぐ規模だ。山中には平安時代に伐採された切り株も残る。200年も前に杣人が剥ぎ取った醜い跡が幹に残っている。スギはけなげに生きている。樹木の生命力には恐れ入るしかない。
魚津市・洞杉の森 魚津の海岸に巨大樹根群が埋没しているのが発見されたのは1930年だ。樹種はスギ。同じ森が毛勝三山を源流とする片貝川上流にあった。巨岩を根に抱き洞スギと呼ばれる。異形の姿は迫力満点である。
西表島・マングローブの森 マングローブという種はない。海水と真水が入り混じる河口、汽水域に生きる植物の総称である。潮の干満に耐え、塩分に耐える植物の生態はビックリするものばかりだ。観察も命懸け、満ち潮になると深さはすぐに2㍍を超える。

日本人は森の民である。いまは都会にあって、森の存在を忘れている。だが、日本人の心には森のDNAが息づいているはずである。紹介した12の森は、どれも気軽に訪れることはできないだろう。だからこそ、日本の森の多様さ、奥の深さを知ってもらいたいと願って執筆した。
米倉久邦 森林インストラクター (元共同通信記者)

『日本の森列伝―自然と人が織りなす物語』
山と渓谷社刊  ヤマケイ新書  価格 880円+税 

Authors

*

Top