日韓新時代に向かって~若者の意識は変わり始めたか~

1)久しぶりの日韓首脳会談

日本と韓国の首脳会談がようやく実現した。国際会議に合わせた会談を除き、2011年以来12年ぶりとなった。韓国のユン・ソンニョル大統領は3月16日に来日した。岸田首相との会談を終えて、夕食をはしごするという、異例なものとなった。また、翌日には経済団体同士の協議にも参加したほか、慶應義塾大学では学生向けの講演も行った。今回の会談は、日韓関係の修復を図るユン大統領の固い決意に、岸田首相が応じるかたちで実現したものだった。

首脳会談が開かれるきっかけは、会談のわずか10日前のことだ。この日、ユン政権は日韓の最大の課題、太平洋戦争中の徴用をめぐる問題で、検討を続けてきた解決策を公表した。その解決策は、2018年11月の韓国最高裁判決で、原告への慰謝料の支払いを命じられた日本企業に代わり、韓国政府傘下の財団が支払うというものだった。また、その資金は、1965年の日韓請求権協定に、日本の協力金が投入された韓国の鉄鋼大手ポスコをはじめ、鉄道、電力、道路公社などの寄付金で賄うとしている。徴用の問題を「解決済み」とする日本の主張にも沿うものであった。

会談の成果は大別して二つ。第一に、双方の首脳が訪問し合う「シャトル外交」を復活させること。次の会談に向けて、岸田首相が韓国への訪問を調整中という。次に、多岐にわたる分野での意思疎通を図ること。とりわけ、安全保障の分野では、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮や軍事・経済力で圧力を強める中国を念頭に、「日韓安全保障対話」を再開し、新たに「経済安全保障協議」も推進するという。日韓は、北東アジアの平和と安全だけでなく、サプライチェーン、先端技術、気候変動など、いわゆる「グローバルアジェンダ」でも協力する枠組みを設けることとなった。これに先立ち、日韓双方の経済団体は「未來パートナーシップ基金」を設置することで合意した。その目的の一つとして、ユン大統領がかねてより重視する「未来世代」、つまり若者による交流や相互理解を推進することが盛り込まれたことにも注目したい。

今回の首脳会談について、岸田首相は「関係正常化の第一歩」と評価し、ユン大統領は「新しい関係を切り開く第一歩」と強調した。ともに「第一歩」という言葉を使った点で、関係修復に向けて日韓が舵を切ったことが読み取れる。これから日韓関係はどんな新時代を迎えるのだろうか。

2)日韓首脳会談の反応

日韓関係は、併合、徴用工、慰安婦など、一筋縄ではいかない歴史問題を抱え、拗れてきた。とりわけ、一方的な歴史認識を主張したムン政権時代には信頼関係が崩れ、冷え切ったままとなった。今回の首脳会談は、徴用の解決策に関わるかたちで開催されただけに、日韓の受け止め方には大きな差異が出ることとなった。

まず、日韓のメディアの反応から見てみよう。日本の大手各紙の社説は、「新たな協力築く一歩に(朝日)」、「信頼再構築の歩み着実に(毎日)」、「幅広い交流を深める転機に(読売)」、「揺るぎない信頼の基盤を築け(日経)」など、概ね首脳会談を好意的に評価した。また、今後の日韓双方の努力に加え、新たな関係の構築に期待を寄せている。これに対して、韓国の各紙も一面で大きく取り上げたうえで、社説では「韓国大統領の12年ぶり訪日と日本の留保(保守系・朝鮮日報)」、「未来へともに進む出発点となった(保守系・中央日報)」など、首脳会談が開かれたことについては評価する姿勢が見て取れる。その一方、日本側が徴用工問題で謝罪も譲歩もしなかったと強調した。革新系・ハンギョレ新聞は「謝罪しない日本に『求償権行使しない』と約束したユン大統領(社説)」や「尹大統領の『グランド譲歩』と『外交の私有化』(コラム)」などを連日掲載し、ユン大統領が一方的に譲歩したとして韓国の利益を損なったと厳しく批判している。

韓国の世論の反応も気に掛かる。韓国ギャラップ社の調査によれば、ユン政権による徴用工問題の解決策について、「反対」と答えた人は59%に上った。また、この解決策を拒否する原告と遺族が日本企業の韓国内にある資産を新たに取り立てる訴えを起こした。さらに、ソウル中心部では抗議集会が繰り返され、18日には600余りの市民団体、およそ1万人規模の集会が開かれている。ただ、ユン大統領の支持率は多少の上下動はあったものの、35%前後のまま大きな変動は見られない。  

韓国世論の動向を踏まえると、今回の首脳会談は、ユン大統領が世論とは別に、固い決意を持って断行したものと見てよかろう。その決意の固さを示すかのように、関係修復の動きが会談後も続いている。21日には、ムン政権が破棄を宣言し、条件付き延長状態だったGSOMIA・軍事情報保護協定が完全に正常化した。23日には、韓国に対する半導体の原材料など3品目の輸出管理について、日本が強化措置を解除し、韓国側はWTOへの提訴を取り下げた。これによって、韓日関係は課題を残しつつも、「徴用問題以前に回復した(朝鮮日報)」とみることができる。

3) ユン政権の対日姿勢とその背景

韓国世論は、とくに日本との歴史認識問題に対して厳しい。その世論にもぶれず、ユン大統領が日韓関係の正常化を進めるのはどのような理由があるのだろうか。

まず、ユン大統領は検事総長も務めた法律家で、「法と原則」を守る強い信条・信念を持つことが挙げられる。日本との関係改善はすでに大統領選挙の公約の一つであった。就任して2か月後、徴用工問題の解決策を検討する「官民合同協議会」を設置し、今年1月には公開討論会を開催して解決策をまとめるなど、用意周到だ。日本との情報共有も積極的に図り、対応の一つ一つにユン大統領の決心が見えてくる。

韓国を取り巻く国内外の環境変化も見逃せない。北東アジアでは、北緯38度線を挟んで韓国と接する北朝鮮が核・ミサイル開発を加速させている。北朝鮮は28日、韓国内を攻撃できる短距離ミサイルに搭載可能な小型核弾頭とみられる物体を国営メディアを通じて初めて公開した。韓国の核への脅威は一段と高まっている。また、世界第2の経済大国となった中国は、軍事・経済力を誇示する姿勢を強め、米中対立の険しさは増すばかりだ。ロシアのウクライナ侵攻など、力による国際秩序を破壊する挑戦も目立つ。今回の首脳会談を終えた会見で、ユン大統領は、日本との関係を「自由、人権、法治の普遍的価値を共有し…協力すべきパートナー」と表現している。その普遍的価値を共有する日米韓の連携とともに、日韓関係の正常化も欠かせないという、国際事情もユン大統領の外交姿勢から見て取れる。

国内的な環境変化も指摘できる。とりわけ韓国経済は大きな成長を遂げた。IMF・国際通貨基金の最新の統計によれば、韓国全体のGDPは10位。1人当たりのGDPは34,940ドルで36位、日本は39,650ドルの33位。韓国は名実ともに先進国入りを果たし、日本と対等に近い関係にある。今回の首脳会談に合わせて、日韓の経済団体が発足させた「未來パートナーシップ基金」は、多様な分野での協力・連携を図るもので、日韓の「ウィンウィンの関係」をめざす枠組みとして期待できよう。

もう一つ指摘したい。ユン大統領は機会あるごとに、「未来世代」に言及してきた。大統領選挙では、青年・中道層の支持を受けて、僅差で当選した経緯もあり、「若者」はユン大統領のキーワードの一つだ。韓国の全経連が20~30代を対象に、日本の印象について調査(3月27日発表)したところ、「肯定的」が42.3%、「否定的」が17.4%、「普通」が40.3%となっている。これまでの調査では、「否定的」が圧倒的多数を占めていたのと比べ、大きく様変わりしたという。いわゆる「2030世代」の青年が今、目まぐるしい国内外の環境と向き合いながら意識を変えつつある、そんな現実が生まれつつあるように思えてならない。

4) 新時代に向かって

ユン大統領はこの4月26日、米韓同盟70周年に合わせて、国賓としてアメリカを訪問する。5月には広島で開かれるG7・主要7か国首脳会議に招待国の首脳として参加することになっている。日韓とともに、日米韓の首脳会談も開催されよう。ユン大統領のいう、「普遍的価値を共有する国」として、ロシアによるウクライナ侵攻や北朝鮮の核・ミサイル開発にどのように連携し、対応をみせるのかが問われることとなる。

日韓関係は今後、遅かれ早かれ新たな時代を迎える。取り巻く環境の変化に呼応して、日韓が連携・協力の度合いをどのように強め、果たすべき役割を変えていくのだろうか。その行く末を見つめる上で最も大切なことは、北東アジアにおける軍事的・経済的パワーバランスの推移、日韓の世論の動向、とりわけ未来世代の意識の変化に留意することであろう。

今回の首脳会談は、日韓関係の節目の一つとなった。その会談を桜の開花に準え、ソウルの知人にメールを送ったところ、早速の返信が舞い込んだ。ソウルでは、今年3月25日に例年より2週間も早く開花したという。また、日韓首脳会談を「開花」とすれば、「明日を担う若者のために咲き揃って欲しい」と記している。ユン大統領が機会あるごとに繰り返す言葉とも重なるものだった。また、韓日首脳会談をめぐって、ユン政権を批判する声が高まっていることについては、「韓日関係の改善に反対する声でないことは間違いない」と強調した。「成熟した日韓関係になるには、政府のみならず市民の意識の転換も必要かと感じる」と結んだ。「意識の転換」とは、「時流に対応した意志の転換」という意味だろうか。

ソウル駐在から帰国して9年。韓国の人々、とりわけ若者たちが意識を変えつつあるのかどうか、あるいはどう変えているのか、久しぶりに出かけて確かめたいと思う。

羽太 宣博(元NHK記者)

写真提供:内閣広報室

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