シリーズ コロナ禍での米国オンライン留学 第5回~アメリカで何が起きていたのか~

<揺れるシカゴの街>
 「警告:本日すべての授業はリモートに移行します」
 日本から太平洋を渡った先にあるアメリカ。その中西部に位置する大都市シカゴ。今回は残念ながら新型コロナ感染症の拡大により、オンラインでの交換留学になってしまったが、それでもメール、SNS、Zoomを通してシカゴで起きている混乱が垣間見える瞬間が何度かあった。その一つは、2020年9月23日に開かれたブレオナ・テイラーさん射殺事件をめぐる裁判だった。
 学長から全学生宛てに上記のタイトルで始まるメールが届いた。シカゴの街は大規模な抗議活動や暴動を警戒したのだろう。治安維持のために州警備隊が待機していること、ダウンタウンの交通が一部遮断されキャンパスへの通学が難しいことなどを理由として挙げ、それまで対面とリモートのハイブリッドで行われていた授業が、全面的にリモートになることを告げるメールだった。
 テイラーさんは、この年の3月にケンタッキー州で警察によって射殺された当時26歳の黒人女性だ。再燃した「ブラック・ライブズ・マター」運動の象徴的な存在となった犠牲者の一人である。この日の大陪審による決定は、事件に関与した3人の警官のうち2人については正当防衛を認めて不起訴、残りの1人は発砲によって近隣の住人を危険にさらした罪で起訴するというものだった。殺人罪が見送られたことにより、ニューヨーク、シアトル、ワシントンDC、アトランタ、シカゴなど全米各地で抗議運動が広がったとABCニュースが伝えている。
 この決定によるアフリカ系アメリカ人学生への精神的な影響を考慮したのだろう。その後、キャンパスでは意見を表明できる小規模な学生集会が設けられたり、専門家のケアが受けられるようにサポート体制が組まれたりした。
 これらは、シカゴという大都市の一つで起きていた風景の一部に過ぎない。「ブラック・ライブズ・マター」運動は全米で起きていた。日本に長く住んでいると、人種間の対立や理不尽な差別を肌で感じる機会がとても少ない。9月23日に起きたことは、アメリカの分断の問題が根深いことを他人事で終わらせたくないと思ったできごとだった。


<大統領選挙とその後の混乱>
 私がオンライン留学をした2020年という年は、大統領選挙の年でもあった。
投票日の11月3日を数日過ぎてもいくつかの州で接戦が繰り広げられ、選挙結果が出なかったある日の授業だった。Zoomの画面上からも、出席している学生の数が少ないことがわかった。教授が講義をしながら何度も「今週は君達にとってchallengingな(精神的に厳しい)週だったとは思うが...」と画面上の私達に向かって言うので、この授業で同じチームを組んでいたマーリーにスラックというSNSを通じて、「出席者が少ないのは選挙のせいなの?」と聞いた。それに対する彼女の答えは、「学生の中には選挙結果に激しく感情移入をして、結果が出ないためストレスを感じている人々もいる」というものだった。
 「もちろん学校によっては、もっと関心が薄い人達もいるので学生の反応は様々」とのことだったが、現地の学生の苛立ちを感じる出来事だった。もちろん私のほうも、現地にいないことで現場の空気が明確にわからないことからくる苛立ちを感じた。
苛立ちと言えば、全く別の事件で学生の不満が噴出した出来事もあった。当時、大学からはメールを通じて、大人数での会食をしないように再三の注意があったにもかかわらず、ある時ダウンタウンで大規模な会合を開催した学生達がいた。そこでコロナの陽性者が出たためにキャンパスは2週間の閉鎖を余儀なくされたのだ。
 この学生達の無責任な行動は地元紙にも報じられた。10月15日付けのシカゴ・トリビューン紙によると、マスクを着用していない学生を含む大規模な会合がキャンパスの外で開かれ、その結果100人以上がコロナ陽性の疑いで隔離されたという。現在はコロナも落ち着き、アメリカではほとんどマスクを着けていないらしいが、当時はコロナ禍が多数の死者を出していた時期である。ネットワークづくりにビジネス・スクールに入学した学生達は、会食禁止でよほど我慢を強いられていたのだろう。
 会合の詳細は手元の情報だけでは分からないが、会合を開いた学生達に対する怒りの声が他の学生達から上がっていた。この一件についての感想をメールで聞くと、ある学生はこう答えてくれた。「対面授業がなくなったから怒っているんじゃない。一部の学生が大々的に集まって、他の人に無配慮だったことに腹を立てているんだ。この学校は強い絆を持つコミュニティがあることが誇りなのに、彼らの行動はそれと矛盾しているんだ」
 深まる人種間の分断、民主主義の根幹である選挙の結果を認めない元大統領、そしてコロナ禍で遮断されるコミュニケーション―。オンラインで授業に参加したほんの数カ月の間に、アメリカが抱えていた、あるいは今でも抱えている問題の深刻さを感じた。
中田浩子(ジャーナリスト)

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