防衛3文書有識者会議〜大手メディア代表は問題提起したか〜

”戦争が廊下の奥に立っていた”
(渡辺白泉。1939年・京大俳句掲載)

 今年(2022年)9月末。読売新聞の首脳から財務省幹部に電話が入った。「防衛3文書改訂にあたり岸田政権が立ち上げた有識者会議に参加をという要請があった。防衛費の仕組み・あり方を事前に勉強しておきたい」という趣旨であったという。
 防衛3文書とは、国家安全保障戦略、防衛計画の大綱(防衛大綱)、そして中期防衛整備計画(中期防)の3文書。
 岸田首相は昨年(2021年)12月の所信表明で3文書を今年暮れ迄に改訂すると述べ、論点整理などのためとして有識者会議を発足させた。会議は既に4回の議論を経て今年11月22日に報告書をまとめた。
 有識者会議は元外務次官の佐々江賢一郎氏を座長に10人。そこに大手メディア関係者3人が参加した事が注目された。何故か?
 有識者会議の議論のポイントは2つだった。1つは防衛費の財源をどうするか。もう1つは、日本が敵基地攻撃(反撃)能力を持つべきかどうかだった。いずれも今後の国民世論の動向が鍵を握るだけに、議論に大手メディアを巻き込んでおきたいという意図が岸田政権にあった様だ。
 ウクライナ戦争を始めたロシア。南シナ海など海洋進出を強める中国。そして核実験再開を仄めかす北朝鮮。日本を取り囲む形のこの3国の動きに対して、岸田政権は3文書改定を通じて、日本の年間防衛費をこれまでのGDP比ほぼ1%から2%へと倍増、この措置を2023年度から2027年度まで5年続けると表明した。5年間の防衛費は総額40兆円から43兆円と財務省はみている。
 この巨額の防衛費の財源をどうするか?有識者会議は財務省の“誘導”にのって、国民の税負担が望ましいとする結論を出した。税の導入にあたり財務省が最も気を使うのは世論の動向である。今回、有識者会議に参加した大手メディア代表者らから税に反対する意見は殆ど出なかった様だ。財務省による“根回し”が充分行き届いていたのかもしれない。しかし、低成長下、インフレーションの大波に洗われ出した今後の日本経済。増税は国民の強い反発を呼び実現への展望は極めて厳しいだろう。
 さて、もう一つのポイント、日本は敵基地攻撃(反撃)能力を持つべきかという議論。有識者会議はあっさりと能力の保持が必要として、岸田政権の要請に応じてしまった形だ。4回の議論を通じて、大手メディア代表らから岸田政権への懸念の声は殆ど出なかった様だ。
 敵基地攻撃(反撃)能力とは何か?例えば、これまでは北朝鮮からミサイルを撃たれっぱなしだった。これからはミサイルを撃ちそうな北朝鮮の基地をその前に攻撃・撃破する能力は持つべきだと自民党の国防族などは説明する。
 だが、驚いた事に、敵基地を攻撃した後に何が起こるのかという議論は聞こえてこない。もっと率直に言えば、仮に、ロシア、中国、北朝鮮の基地を日本のミサイルが攻撃した後、何が起こるのか?単純な軍事紛争でおさまるのか?あるいは戦争へと拡大してゆくのか?予想は難しい。
 今回、防衛3文書有識者会議は、防衛費は国民の税負担で、そして、敵基地攻撃能力は持つべしといとも簡単に結論を出して解散してしまった。
 だが仮に、敵基地攻撃をきっかけに日本が戦争に巻き込まれた時、防衛費(戦費)調達を税だけでは賄えきれまい。当然、国債に頼る事になるだろう。日中戦争から太平洋戦争までの戦費を賄ったのは戦時国債(臨時軍事費特別会計)だった。この間たったの一度も国会などで戦費のあり方が議論された事は無く、敗戦で日本財政は破綻をむかえた。
 既に防衛省の一部には、スタンドオフミサイル(敵基地攻撃用の長距離ミサイル)など様々な装備を求めて、まるで玩具を欲しがる子供の様な動きも見られる。又、来年度(2023年度)の防衛予算では項目別の要求額を提示せず、10兆円規模の予算を一纏めで提示する「事項要求」が認められるというこれ迄になかった事態となっている。
 日本の安全保障を巡る議論は2012年第二次安倍政権の登場によって大きく変わり始めた。集団的自衛権の容認などその多くは憲法の議論を避けて、ある種の法律技術を駆使して国会で成立させてきた。
 しかし、今回の防衛3文書改訂は、巨額の防衛費(軍事費)の負担を国民に頼り、場合によっては、隣国との少なくとも軍事衝突を国民に覚悟して貰うものではないか?岸田政権はこの際、安倍政権とは異なり、正々堂々と憲法のあり方を巡って国民に問うべきではないのか? 戦争が廊下の奥に立っているのかもしれない。
 陸井 叡(叡Office代表)

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