ジャーナリズムは中国・習近平政権をもっと強く批判すべきだ

■「2期10年の任期」と「68歳定年の慣例」を破る
 5年に1度の中国共産党大会(第20回大会、10月16日~22日)が北京の人民大会堂で開かれ、閉幕直後の23日には最高指導部の人事で3期目の習近平(シー・チンピン)政権が発足した。習近平氏は来年で「2期10年の任期」を迎え、慣例だと国家主席(党総書記)を退くが、2018年の憲法改正による任期制限撤廃を理由に続投を正当化し、今後もトップに君臨する。
 建国の父とされる毛沢東は死去するまで独裁体制を敷いた。中国共産党はこれを反省し、国家主席の任期を2期10年に制限した。前国家主席(党総書記)の胡錦濤(フー・チンタオ) 氏も2期10年で引退している。年齢も68歳までとされていたが、習近平氏はすでに69歳で、この定年制も破られた。最高指導部は習近平氏の地方勤務時代からの腹心や忠誠な側近たちで固められ、習近平氏への権力の集中が進む。
 10月24日付朝刊各紙の社説は習近平氏の異例の3期目就任を批判した。朝日社説は「任期の制約を廃して権力を自らに集め、周囲をイエスマンで固める。まさしく個人支配で極まった観がある。世界は、暴走の危うさをはらむ中国と向き合わねばならない」と指摘し、読売社説は「これでは、毛沢東に対する個人崇拝や神格化の再現のように映る。毛の経済政策『大躍進』の失敗で数千万人が餓死した経験や、文化大革命で毛の路線に外れたとみなされた人々が無差別に弾圧された悲劇を忘れてはなるまい」と訴える。「個人支配による暴走」や「毛沢東の悪政再来」は、まさにその通りである。

■台中戦争が勃発すると、日本が巻き込まれる
 産経社説(主張)は「最も懸念されるのは、習氏が台湾併吞(へいどん)を狙って戦乱を引き起こすことである。台湾有事はいや応なく日本有事に直結する」と書いているが、今回の中国共産党大会で一番驚かされたのは、やはり習近平氏の台湾統一に対する執着である。16日の党中央委員会報告(政治報告)で、習近平氏は「武力行使を決して放棄しない。あらゆる選択肢を持ち続ける」と平然と言ってのけた。台湾を擁護するアメリカのバイデン政権と台湾の蔡英文(ツァイ・インウェン )政権に対する威嚇であり、中国国内に向けたアピールでもある。
 中国と台湾の間で戦争が起きた場合、日本はどうなるのか。昨年11月号にも『「中国の台湾威嚇」もはや対岸の火事では済まされない』との見出しを付けて説明したが、台中戦争が起きると、日本は平時ではなくなり、戦争に巻き込まれる。戦場となる台湾から日本最西端の沖縄県の南西諸島・与那国島までは110キロと近い。このため、中国軍が台湾に侵攻する場合、沖縄の島々を占領して軍事拠点にする可能性は否定できない。
 日本は中国軍の沖縄侵攻に備え、防衛力の強化と整備を進めているが、台湾では中国軍の戦闘機や爆撃機の防空識別圏への進入が繰り返され、いつ戦争が起きても不思議ではない。習近平政権にとって怖いのは国際社会からの批判だ。日本は同盟国のアメリカと連携し、国際会議で機会を捉えて中国に台湾への威嚇を止めさせるようもっと強く訴えるべきである。

■大躍進運動、文化大革命、天安門事件…はすべて過ちだ
 習近平氏はこれまでも「台湾の統一は党の歴史的任務だ」と主張し、強制力と言論弾圧で民主派を一掃した香港については「国家安全維持法により民主主義を取り締まり、長期的な繁栄と安定を維持する」と強調してきた。
 習近平政権の乱暴な振る舞いは台湾や香港に対してだけでない。ジェノサイド(集団殺害)が国際問題になっている新疆(しんきょう)ウイグル自治区には「絶対に譲ることのできない核心的利益で、他国の口出しは内政干渉だ」と世界に宣言し、基本的人権を踏みにじっている。巨大な軍事力を使って東・南シナ海のサンゴ礁の海を埋め立て人工の軍事要塞を築き上げ、沖縄県の尖閣諸島を「中国の領土の不可分の一部」と主張し、周辺海域では中国海警船が侵入しては日本漁船を追い回している。習近平氏は国際社会のルールというものをどう考えているのか。
 中国はアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国となった。だが、国民の貧富の格差は広がり、経済的繁栄の裏には大躍進運動、文化大革命、天安門事件と多くの流血や犠牲があった。すべて中国共産党のこの100年間の過ちである。なかでも天安門事件は悲劇的だった。
 1989年の天安門事件では、中国政府は戒厳令を敷いた後の6月3日夜から翌朝にかけ、北京の天安門広場に軍の兵士や戦車を出動させ、民主化と言論の自由を求める学生や市民を排除した。実弾も発砲された。イギリス外務省の公文書によると、1000人から3000人が殺害された。しかし、中国は実弾の発砲を否定し、死者数も319人と発表した。

■「和平演変」を警戒し、民主主義国家の批判を恐れる
 この天安門事件に対し、欧米諸国は中国を厳しく批判して制裁措置を取った。だが、中国が国際社会の中で孤立していくと、日本とアメリカなどは中国から得られる経済的利益を優先し、「中国は民主化へと舵を切るはず」と制裁を緩めた。だがしかし、中国は民主化とは真逆の強権・独裁・隠蔽・覇権主義へと突き進んだ。国際社会の見通しが甘過ぎたのである。あのときにもっと厳しく対応していれば、いまの習近平政権は存在しなかったはず。天安門事件が分水嶺だった。
 習近平政権は徹底して情報や言論を統制する。たとえば、中国共産党大会最終日の10月22日、 習近平氏の隣に座っていた前国家主席の胡錦濤氏が閉幕式の途中で係員に腕をつかまれて出て行く映像が海外メディアによって伝えられた。「最高指導部で意見の不一致があった」などと様々な臆測を呼んでいるが、中国政府は「体調不良が原因だった」と説明し、ネット上からは情報をすべて遮断し、臆測の広がりを食い止めている。
 なぜ習近平政権は情報・言論統制を強めるのか。民主主義や自由、人権といった普遍的価値観が中国国内に入り込んで広がると、中国共産党の一党支配が崩壊しかねないからだ。中国は「和平演変」(社会・共産主義の平和的転覆)を警戒し、日本や欧米の民主主義国家の批判を恐れている。それゆえ、新聞の社説をはじめとするジャーナリズムはもっと強く、もっと厳しく習近平政権を批判すべきである。
木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)

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