シリーズ コロナ禍での米国オンライン留学 第3回 

「授業での日本人留学生の静けさに愕然とする」

<密かなミッション>

 今回の交換留学で、私の心の中には密かに抱くミッションがあった。自分がどれだけ現地の学生との議論に飛び込んでいけるかを試すことだ。

 私には苦い経験があった。まだ慶應義塾大学の学部生だった20代の前半に、やはり交換留学プログラムで東海岸の或る州立大学で勉強した時のことだ。私にとって初めての留学で、現地での会話の速さにただ戸惑うばかりだった。驚いたことに、それまで教授が授業中に話す内容が聞き取れなかったのが、渡米後3か月が経過した頃、突然内容が理解できるようになった。しかし、問題はここからだった。授業によっては、講義の時間とは別に学生だけでディスカッションをする時間があり、学生同士の激しい議論に割って入ることができなかったのである。

 その後、30年以上の月日が流れた。この間、転職はしたものの働いていたのは一貫して英語で報道するメディアだったため、社内の公用語は英語だった。そのため英語が母国語の上司やエディター達と交渉せねばならず、最後は毎日2回の編集会議を英語で行う日々だった。しかし、そうは言っても会話の相手は日本人に慣れている日本で働く外国人。アメリカの地で、アメリカ人の中でどれだけ通用するのかを試す必要があると思っていた。

<驚いたのはアジア人学生の存在感>

 さて時代は変わり、今回の交換留学。2020年に新型コロナウイルス感染症が世界で爆発的に拡大したことで、渡米して通うはずだったシカゴ大学ビジネススクールに、オンラインで参加することが決まったのはこれまで説明した通りだ。

 しかし、私の私的なミッションとは全く関係なく、教室内の風景は様変わりしていた。日本人以外のアジア人学生が増えていたのである。

 私が学部生だった1980年代の後半に留学した大学は、学生総数(学部生・大学院生含め)約4万人のマンモス校だ。そのうち、あくまでも自分が見た範囲内の記憶では、日本人留学生は少なくとも10人程いた。しかし他のアジア人留学生は文科系の学部ではあまり見かけることはなかった。家族でアメリカに移住していたらしい中国人、韓国人、ベトナム人はそれぞれ1~2人キャンパスで見かけただろうか。ただ理工系の学部は状況が異なるらしく、当時すでに少なくとも5~10人の中国人留学生が在籍していた。まだ海外生活に慣れていなかったのだろう。常に団体行動をしているのを見かけた。

 しかし今回のオンライン留学では、ビジネススクールで受講したどの授業にもアジア人学生が数人は参加しており、積極的に発言していたアジア人はインド人や中国人の学生達だった。姓名から判断すると中国系と思われる学生の中にはネイティブのように話す人もいたので、米国生まれの2世や3世もいたかもしれない。割合としては一番多かったアメリカ人の白人男性と発言力では互角に争っていた。韓国人の留学生らしき学生も、人数は少なかったが発言していた。一方、Zoom上で確認できた5~6人の日本人留学生からは一度も発言がなかった。後から聞いたことだが、東京大学出身で金融機関から派遣された優秀な人々が多いというので、驚いた。将来、海外での日本の存在感の低下を心配した。

 では、結局自分はどうだったかというと、発言をする工夫をしたものの苦労したことに変わりはなかった。人数が比較的少なかった授業では、Zoomの画面上でどうにか手を挙げ発言をしたり、グループワークの授業では毎週各グループを代表して誰かが質問をしなければならなかったため質問者を買って出たりした。ただし大人数のクラスでは、いくら手を挙げても当てられず、あとで知ったのだが発言権を得るにはZoom上の挙手ボタンを押さなければいけなかったという失敗もあった。

<海外での日本のプレゼンスの低下>

 国際舞台での日本の発言力に不安を抱いたのは、海外での交渉の場で日本が不利に立たされているのではないかという危機感があるからだ。

 ある雑誌で読んだベンチャー企業のCEOの話によると、新規ビジネスの国際標準を議論する現場で各国の企業が発言力を強めようとしのぎを削っているにも関わらず、国際会議で日本人参加者が片隅で座っているだけの光景をよく見かけるという。

 自分が20代で初めて留学した時のことを思い出すと、出席者の気持ちがわからないでもないが、さらに心配なのは海外に留学する学生の急激な減少だ。この傾向は今に始まったことではないことは良く知られている。しかし改めて統計を見ると、この傾向が全く改善していないことがわかる。日米教育委員会によると、アメリカの大学・大学院における日本人留学生の数は1980年代半ばから急増し、1994-97年度まで外国人留学生の国別で第1 位を占めていたそうだ。だが数年後にその数は急減し始め、2020年度は前年比32.9%減の11,785人。国別で第11位にまで下落したそうだ。この間、中国やインドからの留学生数は着実に増えているようだ。

 オンライン留学をした3か月間の前後に出席した慶應のビジネススクールでも、似たような危機感があった。通常の日本語の授業では日本人学生は活発に発言していたが、英語で行われる授業では多くの学生が無口になった。一方で、中国人留学生が果敢に英語で発言している場面は多かった。

国内の人口減少に歯止めがかからない現状では、企業が成長を目指すのであれば海外市場への進出は不可欠だ。そうでなくてもビジネスの国際化は進み、海外との関係を断って事業を継続するのは難しい状況は続くだろう。今後、日本人が母国語ではない言語を使い異文化に接触しながら戦う姿勢を鍛える必要性を強く実感した。

中田浩子(ジャーナリスト)

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