シリーズ コロナ禍での米国オンライン留学 第2回 ビジネス・スクールならではの履修制度で最初の洗礼

<初めて経験する「入札」による履修>

 アメリカのビジネス・スクールでは新学期が秋に始まる。その秋学期が2020年9月21日に始まる一カ月以上も前の話になるが、8月に緊張する体験が待っていた。「入札」による授業の履修登録である。

 通常、大学で履修登録を行う場合、希望する科目はほぼ履修することができる。各科目のシラバス(授業計画書)を読んで、興味のある科目を時間が重ならないように登録すればよいだけだ。しかし、オンラインで交換留学することになったシカゴ大学ビジネス・スクールでは、履修登録をするためには「入札制度」(course bidding)に参加する必要があった。

 履修のための入札制度は、アメリカのビジネス・スクールやロースクールでは幅広く導入されている制度らしい。アジアの一部の国のビジネス・スクールも採用している学校があるようだが、ヨーロッパや中国に交換留学に派遣された同級生からは入札制度があったという話は聞いていない。

 では、なぜ履修登録に入札制度が必要なのか?一つに、アメリカのビジネス・スクールの規模の大きさと、それに比べて一クラスの定員が限られている事が挙げられる。例えば、シカゴ大学ビジネス・スクールの場合、一学年につき昼間のフルタイムの学生だけでも1,000人以上、夜間クラスやエグゼクティブクラスも入れると3,000人近くになる。フルタイムの学生だけ見ても慶應ビジネス・スクールの10倍以上だ。一方、一クラスの定員は多くても65~70名。人気の授業は大幅に定員を超えることになる。授業では学生の発言が成績評価に反映されるため定員があるのは致し方ない。入札制度は「公平に、効率的に、学生に科目を配分する」ためのシステムなのだろう。

<では、実際はどういうシステムなのか?>

 まず学生が入学すると、1人につき一定の持ち点が与えられる。その点数を使って、在学する2年の間、学期が始まる度に履修希望科目をオンライン上の入札システムで賭ける(bid)のだ。履修希望者数が定員以下だった場合は、履修することができる。その場合、入札した点数は学生に返還される。問題は希望者数が定員を上回った場合だ。高い点数で入札した人から順番に落札したことになり、履修可能となる。ただし、その場合使った点数は返ってこない。残った持ち点でその後の学期の入札に参加することになるので、計画的に使わないといけない。

<実際に入札に参加する>

 具体的に説明をすると、私は交換留学生で一学期のみの在学ということもあり、初めに10,000点という比較的優遇された持ち点が与えられた。私が履修を希望したのは、「競争戦略論(Competitive Strategy)」、「交渉術(Strategies and Processes of Negotiation)」、「ベンチャービジネス(Commercializing Innovation)」、そして「組織論(Managing in Organization)」。

 そのうち、自分の専門分野の「競争戦略論」(企業の経営戦略についての論理)と、いかにもアメリカらしい授業の「交渉術」(ビジネスに必要な交渉についての論理と実践)は同じ学期に複数の教員が同じ講座を開講しているので、希望者が集中しないだろうと予想し、それぞれ少額の1,000点ずつを賭けた。「ベンチャービジネス」の授業は、一科目のみの開講だったので学生が集中するのを心配し、過去の落札ポイントを参照しながら3,000点を賭けた。そして残りの持ち点5,000点のすべてを「組織論」に賭けた。過去のデータをみると、その担当教授は相当人気が高いことがうかがえたからである。

 実は、慶應ビジネス・スクールから同じシカゴ大学にオンライン留学することになっていたシン君という中国人留学生がいて、彼から「一科目に5,000点(の入札)は迫力満点だなー」と驚かれたのだが、ふたを開けてみると「組織論」の最低落札点数は8,391点。他の3科目は定員に到達せず、「組織論」の分も含めて全ポイントが手元に返ってきた。そこで次の段階では、10,000点の全てを「組織論」に賭け、落札はかなわなかったが何とかウェイティングリストの上位に入ることができた。その後、落札しても履修を止めた学生がいたため履修する権利を得たのだが、結果としてこの科目の履修は諦めざるを得なかった。理由は、シラバスを慎重にチェックするにつれて、4科目の同時履修は予習の負担が手に負えなくなりそうだと徐々にわかってきたからである。

 このようにして、初めての「履修のための入札」はなんとか終了した。まだ新学期が始まる前だというのに、すでに大仕事を終えたかのような感覚を味わうことになった。

<入札を通してわかったこと>

 ただでさえ慣れない入札制度。しかも自分は現地に滞在していないので、周りにいる関係者に簡単にアドバイスをもらえる環境ではない。この入札制度を理解するために、大学の在校生用ウェブサイトに掲載されている説明文を何度も何度も読む羽目になった。

 実はこの入札は5段階ほどに分かれており全部で1カ月ほどかけて行われる。第1段階で全て落札できればよいが、そうでない場合、第2段階以降に再び参加することになる。途中で履修しないことにした学生がいた場合、あるいは同じ科目が別の時間帯で開講していて空席が見つかった場合、自分の残りの持ち点から何点を賭けるか考えながら、次の一手を決めて臨む必要があるのだ。

 さらに大変だったのは、入札参加にあたって参照すべきデータが山ほどあったことだ。各科目のシラバス、それぞれの定員数、過去の入札の最低落札点数、過去の履修者による科目の評価コメント。分析力を養うこともビジネスを学ぶ上で必要だということなのだろう。

 つまり、入札に必要なのは戦略的思考やバランスのとれた意思決定。それを実践する場を与えるという大学側の意図を感じた。卒業後にウォール・ストリートでの高収入の職を得るため、世界中から集まった学生の競争はすでに始まっていたと言えるかもしれない。

中田浩子(ジャーナリスト)

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