エッセイ GUCCI(グッチ)でランチを食べてみた

■コロナ禍で飲食店の倒産相次ぐ

 新型コロナの感染拡大は、日本経済に深刻な影響を与えています。なかでも飲食業の被害は甚大で、多くの店が来店客の減少と売り上げの落ち込みに苦しんでいます。倒産も相次ぎ、今年の6月には、横浜中華街のシンボル的存在だった聘珍樓(へいちんろう)が横浜地裁から破産開始決定を受けました。団体観光客の減少やコロナ禍の長期化が追い打ちをかけたようです。

■人気のGUCCIレストラン

 そんな逆境の中でも客を引き寄せ、予約が取りにくい飲食店があります。そうした店の一つが去年の10月、東京銀座にオープンしたイタリアのファッションブランド、グッチのレストラン・オステリア ダ マッシモ ボットゥーラです。

 その人気の秘密を探るべく7月5日、70歳前後の男女5人でランチを食べに行きました。年金生活者の私よりはるかに収入の多い実業家の妹が費用を出してくれました。

■予約を取るのに一苦労

 人気店のハードルはさすがに高く、まず予約を取るのに苦労しました。予約は電話では受け付けてくれません。高齢者が苦手なネットからのみです。希望日の1か月前の午前10時からオンラインで受付が始まります。氏名や携帯の電話番号、メールアドレス、苦手な食材がないかなど必要事項を記入していきます。もたもたしていると、見る見るうちに予約枠が埋まってしまいます。まさに時間との闘いです。

 実際4月に初めて予約を試みた時は、記入に手間取り、ほかの人に先を越されて予約できませんでした。今回は、事前に練習して臨み、何とか11時半の予約が取れました。予約の際にはクレジットカードの情報も必要です。ネット予約で、クレジットカードの番号を求める飲食店は余りありません。今回は妹が料金を支払うので、妹のカード情報が必要なのか事前にお店に電話して聞きました。その結果、登録するカードと実際に支払うカードが違っても良いとのことなので一安心、私のカード情報を書き込みました。

■いよいよレストランへ

ジャッキーバッグを持った猫

 さて迎えた当日、ドレスコードはスマートカジュアルが指定されていたのでジャケットを着て行きました。レストラン専用の入口がある並木通りに面したビルの外壁には、画家で絵本作家のヒグチユウコさんによって描かれた空想の世界が広がっていました。入口の真上にはグッチの代表作の一つジャッキーバッグを持った猫もいます。ドアを開けるとスタッフが出迎えてくれ「不思議の国のアリス」の世界に迷い込んだようなミステリアスな空間が待っていました。グリーンを基調にした長い廊下をくぐり抜けて鏡張りのエレベーターで最上階に。ディズニーランドなら着ぐるみの動物たちが迎えてくれるところですが、ここはグッチ。入店できるのは12歳以上とのことで、レストランは天井の高い素敵な空間が広がり、シックで落ち着いた大人の雰囲気が漂っていました。

グリーンを基調にした長い廊下

■個室をゲット

 席につくなりスタッフの人に本当は個室を希望していたことを話したところ、なんと今日は空いているとのこと。予約していたグループの一人が新型コロナの濃厚接触者になったので、今朝泣く泣くキャンセルしたそうです。早速個室に変えてもらいました。たった一つある個室は、ヨーロッパのアンティークなミラーとテーブルが印象的でした。最大8名が利用できるところに5人なのでゆったりした気分になれました。

■高級皿に独創性あふれる料理

 お皿は全てイタリアを代表する食器ブランド・ジノリ製でした。スタッフの人と話していたら、ある高級レストランでは、客が料理をスマホで真上から撮っているうちに誤ってスマホを落とし高級食器を割ってしまったそうです。それ以来そのレストランではスマホ厳禁になったとのこと。料理を撮影中、思わずスマホを持つ手が震えました。

写真①
写真②

 ランチは、1万2千円で5品のコースのみ。ちなみに1品目(写真①)は、「私とイタリアに帰ろう」というタイトルがついていて、その言葉がイタリア語で書かれた最中(もなか)にキャビアと牛肉がぎっしり詰まっていました。コロナ禍でなかなか旅行に行けないご時世、食事を通して気持ちだけでも旅して欲しいというシェフの願いが込められているそうです。2品目(写真②)の「This is not Vitello Tonnato」は日本語に直すと「これは(イタリア料理の定番)マグロソースの子牛肉ではありません」という意味で、食べてみるとイタリア風カツオのタタキで、なかなかの美味でした。さすがにミシュランの3つ星に輝くシェフの名前を冠したレストランです。伝統的なイタリア料理に日本各地の厳選した食材を取り入れた独創性あふれる料理の数々に魅了されました。

ティファニーで朝食を

 ところで高級ブランドと飲食店で思い出すのは、アメリカの小説家トルーマン・カポーティの『ティファニーで朝食を』です。ニューヨークを舞台に自由奔放に生きる女性主人公を描いた作品で、1961年オードリー・ヘプバーンの主演で映画化されました。オードリーが5番街のティファニーの前でコーヒーを片手にクロワッサンを食べるオープニングシーンが印象的でした。この作品が公開された当時、日本では、まだティファニーの宝石店を知る人は少なく、題名からティファニーをレストランと勘違いした人もいたといいます。

■コロナ禍で飲食店の生き残る道

 あれから60年余り、高級ファッションブランドが畑違いの飲食店を運営するのは常識になりました。日本も豊かになり、銀座では2004年に「シャネル」がレストラン「ベージュ アラン・デュカス 東京」を出店したのを皮切りに、「アルマーニ」や「ブルガリ」など名だたる高級ブランドが、こぞってレストランやカフェを開店しました。

 飲食店が生き残る手法の一つがブランディングです。ブランディングは料理以外の付加価値をつけることで、他店との差別化です。その点では、高級ブランドの運営する飲食店は有利です。グッチのレストランにコロナ禍での飲食店の生きる道の一つを学びました。

山形良樹(元NHK記者)

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