韓国の新大統領と日本 ~信頼の回復が第一歩~

1)5年ぶりの政権交代
 3月9日の韓国大統領選挙は、保守系の候補が勝利した。保守系野党「国民の力」のユン・ソギョル氏が革新系与党「共に民主党」のイ・ジェミョン氏に競り勝った。2人の得票率の差は0.73ポイント、およそ25万票で、稀に見る大接戦だった。僅差とはいえ、最大の焦点だった政権交代が5年ぶりに実現する。
 選挙戦を振り返ると、異例な特徴が鮮明になる。前検事総長のユン氏も前キョンギ道知事のイ氏も国政経験がない。選挙公約はどれもポピュリズム色が濃く、不正や疑惑を追及し合うネガティブキャンペーンも目立った。有権者から見れば、大統領としての資質・能力を判断する材料に欠け、積極的な支持があったようには思えない。選挙後初の世論調査で、当選したユン氏の期待度は52.7%で、歴代の新大統領で最低だった。辛勝の背景を問うとすれば、北朝鮮政策や経済対策で成果を残せなかったムン・ジェイン政権への不満・失望感が政権交代論を高めたことに尽きよう。また、選挙最終盤で、中道野党「国民の党」のアン・チョルス氏との野党候補一本化が実現しなかった場合、選挙結果は違ったものになっていただろう。
 革新系から保守系の政権に交代するのは、ムン大統領の任期が切れる5月10日である。アン氏をトップとする「引き継ぎ委員会」がすでに発足し、政権移行に向けた作業が始まっている。
2)始動するユン外交
 ユン氏が取り組むべき課題は、内政・外交ともに山積する。まず、選挙で二分した「国民の統合」を図ることから始めなければならない。また、大揺れの国際社会への対応は、平和と安定に関わるだけに一刻の猶予も許されない。北朝鮮がICBM級も含めたミサイル発射を繰り返し、ロシアがウクライナに侵攻するなか、ユン氏の外交手腕が直ちに問われよう。
 ユン氏は、国民に向けた当選のあいさつで外交安保政策に触れ、「堂々たる外交と強固な安全保障に基づき、自由・平和・繁栄に貢献する中枢国家に生まれ変わる」と強調した。また、◆韓米同盟を再建し、経済も含めた包括的戦略同盟に進化させる、◆「未来志向的な日韓関係をつくり、共通の利益に重点を置くなどと述べ、米韓、日韓関係の強化と改善に最優先で取り組む姿勢を示した。さらに、◆「相互尊重」で中韓関係を発展させ、◆北朝鮮の不法な行為には断固対処するとも述べている。親中、南北融和の姿勢を崩さず、米韓、日韓関係を悪化させたムン政権とは、明確に異なる路線を打ち出したと言ってよい。
 それを裏付けるように、ユン氏は当選した10日にアメリカのバイデン大統領、翌11日に岸田首相、続いてイギリスのジョンソン首相、オーストラリアのモリソン首相、インドのモディ首相らと電話会談を重ねてきた。中国の習近平主席との電話会談は、バイデン大統領から2週間も経過した25日だった。立て続けに会談した日・米・豪・印の4か国は、インド・太平洋における中国の動きをけん制する枠組み、「クワッド(QUAD)」の参加国である。また、イギリスは米・英・豪の軍事同盟「オーカス(AUKUS)」の参加国でもある。朝鮮日報は、米韓の電話会談を伝える記事(11日)で、バイデン大統領が5月下旬、クアッド首脳会議に出席するため日本を訪問し、ソウルにも立ち寄る可能性があると指摘している。また、ワシントン情報として、バイデン大統領がクアッドの首脳会議に合わせ、日米韓3か国の首脳会談を開催する可能性があるとも伝えている。
 ユン氏は、大統領になって対面する外国要人の順序について、まずバイデン大統領、次いで岸田首相になると繰り返してきた。動き始めたユン外交が今後どう展開するか気に掛かる。
3)日韓関係はすぐに改善できない  
 韓国の政権交代をきっかけに、冷え切った日韓関係は改善に向かうだろうか。日韓関係は、徴用工をめぐって日本企業に賠償を命じた韓国の最高裁判決や慰安婦合意の反故など、一連の歴史認識問題によって最悪に陥っている。解決の糸口さえ見えない難問に対し、ユン氏はムン大統領の対日政策を批判し、関係改善に臆せず取り組むと公言してきた。そのキーワードは、ユン氏が繰り返す「未来志向の日韓関係」だ。岸田首相との電話会談では、「改善に向けての協力」を確認し、「シャトル外交」を復活させ、「早期の対面会談」を約束している。
 こうしたユン氏の言動を踏まえて、日韓双方のメディアは、総じて関係改善の動きに期待を示した。日本の大手各紙は、「融和の政治への転換を(朝日)」、「日韓対話 立て直す契機に(毎日)」、「韓国政権交代へ 対日関係の改善を期待する(読売)」、「外交立て直しの起点に(日経)」、「新大統領 即座に対日施策の転換を(産経)」と題する社説を掲載し、「転換」「立て直し」の言葉に改善への期待を見てとることができる。一方、韓国では、「ユン政権は韓日関係を放置せず(聯合ニュース)」、「韓日関係改善 まずは食事会から(朝鮮日報)」、「ユン・岸田合意に期待 韓日正常化の突破口みつけなくては(中央日報)」と題するニュースやコラムを掲載し、日韓関係の改善に控えめながらも期待を寄せている。
 その論調は、日韓双方のメディアともに、隣国同士がまともに向き合わない事態を異常と捉え、共通の利益を追及すべきと訴えている。また、自由や民主主義の価値を共有する国として、何よりも信頼関係を回復しなければならず、韓国の政権交代を機に双方が歩み寄る政治的決断を求めている。しかし、こうした期待とは裏腹に、日韓関係の改善が手放しで期待できるわけではない。その根っこにある歴史認識が国家観や国民性とも関連して、長い年月をかけて形成されたものだからである。政権が交代するだけで歴史認識が変化し、日韓関係が改善に向かうはずもない。
4)信頼の回復が第一歩
 冷え切った日韓関係が改善に向かうには、どんな条件が求められるだろうか。関係を悪化させたムン政権に代わる政権の誕生は、そのきっかけの一つにはなる。さらに、交代した政権基盤が安定していなければ、どんな政策も実施に移すことはできない。ユン氏の政権基盤は、選挙の得票率が対立したイ氏とほぼ拮抗し、当面は支持と不支持が合い半ばする不安定なものである。また、国会では、ムン政権を支える「共に民主党」の議員がほぼ6割を占め、2年後の次の選挙まではユン氏が大統領に就任しても思うように施策を打ち出せないとの見方が支配的だ。こうした政治状況が災いしてか、ムン大統領とユン氏の初会合は、各官庁や公共機関の人事問題をはじめ、収賄罪で服役中のイ・ミョンバク元大統領の保釈などをめぐって調整がつかず、いったん延期された経緯もある。韓国では6月に統一地方選挙が予定され、すでに与野党間の駆け引きが始まっている。ユン氏は当面動きにくい。
 さらに、日韓関係を悪化させている最大の問題は、徴用工をめぐる韓国の最高裁判決が1965年の日韓請求権協定を無視し、2015年の日韓慰安婦合意も一方的に反故にし、韓国が日本との合意を守っていないという点だ。自由・民主主義・人権、法の支配、紛争の平和的解決という、世界共通の価値観は、政権と世論が共有しなければならない。
 我々は今、国際秩序を力で変える暴挙を目の当りにしている。世界の平和と安定のためには、まず国際法を順守しなければならないことを三思すべきである。前検事総長というユン新大統領は、自らのリーガルマインドに則り、日韓の信頼回復から始めて欲しい。
羽太 宣博(元NHK記者)

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