ミニゼミレポート「SNS社会での番組制作のあり方」

 2021年7月7日、今年度2回目のミニゼミがオンラインで開催された。今回の議論のテーマは「SNS社会での番組制作」。昨年5月23日、恋愛リアリティ番組『テラスハウス2019-2020』に出演していた女性プロレスラーの木村花さんが、番組内での出来事をきっかけにネットで誹謗中傷を受け、22歳の若さで亡くなった。亡くなる直前、彼女のSNSには「死ね」「気持ち悪い」「消えろ」などの誹謗中傷が連日100件以上届いていたという。この事件を踏まえて、SNS社会の番組制作のあり方について、ジャーナリスト10名、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所所属の教授3名、学生4名が意見を交わした。

 『テラスハウス』は、フジテレビと番組制作会社「イースト・エンターテインメント」が共同制作していた恋愛リアリティ番組だ。番組の内容としては、男性3人と女性3人がシェアハウスで共同生活を行い、その中で生まれる人間関係や恋愛模様に焦点を当てたものだ。毎回冒頭に「台本は用意していません」というテロップが表示され、男女6人のリアルな恋愛をエンタメとして楽しめるとして、若年層を中心に人気の番組であった。番組は動画配信大手であるNetflixにて先行配信がされ、その配信から数週間遅れて、地上波で放送される。また、YouTubeではテラスハウスのチャンネルがあり、本編には収録されなかった映像が「未公開映像」として配信されていたほか、各エピソードに関して男性芸能人がコメントをする動画が配信されていた。

 木村花さんのSNSに誹謗中傷が殺到するようになったのは、3月に配信されたエピソードがきっかけであった。出演者の男性が間違えて木村花さんのプロレスのコスチュームを洗濯して縮ませてしまい、木村花さんは男性に激怒。帽子をはたき落とすシーンが暴力的だとして、SNS上で大きく話題を呼んだ。それ以降、2ヶ月にわたって木村花さん個人のSNSには誹謗中傷が相次いだ。

 議論では、3月のNetflixでの先行配信で既に炎上していたエピソードを、5月に地上波で再度放映したことについて、「再度放送すればまた炎上して彼女のSNSに誹謗中傷が殺到することは予測できたはず。放送局は出演者への配慮を欠いていたし、その責任は重い」という意見が挙がった。3月末、Netflixでコスチューム事件のエピソードが配信されたのち、多くの誹謗中傷が木村花さんのSNSにダイレクトメッセージで届くようになり、その後木村花さんは自傷行為に及んでいる。番組スタッフと相談し、木村花さんはSNSを閉鎖することにしたが、のちに木村花さんは仕事の関係でSNSを再開する。「番組制作側はリアリティ番組をSNSと連動させた時の危険性に対して、十分に検討できていなかったと思う。番組内容への怒りや不満は個人に届くようになった時代だ。コロナ禍で社会全体が不安定だったことも考慮すべきだった」という意見もあった。

 また、SNS社会での放送倫理・番組向上機構(BPO)の限界についても触れられた。BPOは、「放送の表現の自由を守りつつ視聴者の基本的人権を傷つけることがないよう、NHKと民間放送が2003年に組織した第三者機関」である(BPOサイトより引用)。木村花さんの母親は、娘の死は番組内の「過剰な演出」がきっかけでSNS上に批判が殺到したためだとして、BPOの人権侵害委員会に申し⽴てを行った。委員会の審理の結果、番組には⼈権侵害は認められないとしたが、出演者の⾝体的・精神的な健康状態に関する配慮が欠けていた点について、フジテレビには放送倫理上の問題があったと判断した。その上で、フジテレビに本決定を真摯に受け⽌め、改善のための対策を講じることを要望した。今回のテラスハウスの問題で浮き彫りとなったBPOの課題として、BPOが審理の対象とできるのはあくまで地上波で放送したものであり、炎上のきっかけとなったNetflixでの先行配信やYouTubeチャンネルでの未公開映像は原則として取り扱わないということだ。2003年の設立時から社会全体でデジタル化が進み、人々を取り巻くメディア環境は大きく変わった。近年、テレビ局では、YouTubeやTwitter、Instagram、TikTokを通じて番宣するなど、SNSと連携し番組を盛り上げる動きが頻繁に見られるようになった。そうしたSNSと番組の相乗効果を意図するテレビ局が増えてきた中、放送局に求められる倫理は地上波で放送したものだけなのだろうか。SNSで配信した際の倫理はどこに責任があるのだろうか。BPOの役割の限界が今回の議論で明らかとなった。

 さらに、リアリティ番組そのものが抱える課題についても議論がなされた。教授からはイギリスのリアリティ番組『ビッグ・ブラザー』でのジェイド・グディさんの話が挙げられた。『ビッグ・ブラザー』は、「ハウスメイト」と呼ばれる番組に参加する若者数人が合宿生活を数週間送り、その様子を24時間カメラが監視し、テレビで放送されるという番組であった。番組内では、ハウスメイト同士のいじめやハラスメント、人種差別的な発言が見られ、様々な問題点が指摘されていたが、その中でジェイド・グディさんは同番組出演者であるインド出身の映画女優に対して、最大級の差別的な発言をし、英・インド政府の外交問題にまで発展しそうになった。ジェイド・グディさんは「人種差別主義者」として批判を受けたが、彼女はその番組をきっかけに有名になり、自分の名前の製品を販売して富を得た。しかし、彼女が癌であることが判明すると、彼女が亡くなるまで闘病生活をメディアは大々的に報道した。『ビッグ・ブラザー』参加時点から最後まで、彼女は常に衆人環視に置かれ、リアリティ番組で生きることとなったのである。

 リアリティ番組に出演している人は、番組の性質上、常にカメラの前でリアルの自分を出すことを求められている。しかし実際、カメラの前での自分が、そのまま自分の人格であるか、つまり全てがリアルな人格であるのか、という問題は検討する必要があるだろう。リアリティ番組は、ドキュメンタリーの要素も含まれるが、エンタメの要素のほうが強い。出演者たちは、無意識にSNSの反応や番組制作者たちの“見えない空気”を読み、番組を盛り上げようとする。台本が実際に用意されていないとしても、出演者は番組制作側の期待や意図を推し量って行動することも十分可能性としてあるのである。しかしお芝居の役として演じている俳優・女優と異なり、出演者は番組内での言動がきっかけに人格を否定された時、「あれはただの役であるから、実際の私はそうではない」とは言えない。彼らは無意識に「役を演じている」部分があるだけであって、大部分はリアルな自分をカメラに映しているからである。

 今回の議論を通して、「テラスハウス」事件にはさまざまな問題が複合的に組み合わさっていたことが明らかになった。若者のテレビ離れが課題とされている中で、テレビ局はSNSや動画配信サービスと連携して、番組を盛り上げようとしている。しかし、そうした地上波での放送を超えた配信は、予想しない形で個人のSNSへの誹謗中傷へと繋がった。ジャーナリズムはより慎重に、SNSの影響の範囲や効果を検証し、活用方法を検討する必要性があるだろう。また、昨年3月の時点、日本社会は新型コロナの拡大が懸念され、全体的に不安定な状態であった。不安や不満の抱えた人々が、誰でもいいから攻撃して憂さ晴らししたい、という心理状態で木村花さんへの誹謗中傷を行なったりするものもいたと推測する。さらに、地上波を超えた番組の配信は、NHKと民間放送が組織したBPOでどこまで対応できるのか、デジタル化が進んだ社会での役割の再定義が必要となっている。他にも、リアリティ番組そのものが持つ課題、SNSの誹謗中傷は個人の特定に長い時間を要することも、今回の事件で浮き彫りになったことだろう。

 もちろん、SNSの普及は必ずしも悪いことばかりではない。最近では、一般の人々のスマホで撮影された写真や映像がSNSに投稿され、災害報道の一次情報として貢献している。しかし、中にはデマ情報も流れてくるため、取扱には注意が必要である。SNSが社会の一部となっている今、マスメディアはこれらのツールの課題をどのように解消し、強みをどのように活かしていくのか、実証的な研究とともに議論していく必要があるだろう。

金子茉莉佳(慶応義塾大学法学部政治学科3年)

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