シリーズ「5年後、コロナ後の世界」Ⅳ ゲオテクノロジー(先端技術をめぐる地政学)から米中の今後をみる

 米中の対立でサプライチェーンの東西分断が進むという見方が強い。習近平政府もまた従来のサプライチェーンを再構築する「双循環政策」を打ち出した。では、中国を世界から孤立させる強硬策をとる選択肢が西側にあるかと問われれば、中国が世界の輸出製品の22%を生産する現状に鑑みれば「ない」といえよう。代償が大きいのだ。

 だが、中国が台湾を解放する機会を窺っていることは疑うべくもない状況下、国防総省発注のザイリックスも、クアルコムを初め民間も半導体の製造では台湾積体電路製造(TSMC)のファンドリーに依存しているのだ。TSMCの工場にもしものことが起これば、アメリカの安全保障が脅かされる。

 先端通信技術の5Gでは華為技術(ファーウェー)やZTEがトップに立っている。その設備を使えば情報が中国に筒抜けになることを恐れ、アメリカは2018年国防権限法に基づき製品を調達するのを禁じる措置をとっただけでなく、先端の半導体を華為技術に輸出することも禁じた。さらに、覇権争いの展開を有利にしようと、中国のファンドリー、中芯国際集成電路製造(SMIC)を軍事企業に指定し製造機器や設計ソフトの「西側」からの調達を遮断した。

 この半導体デカップリング策が大きな混乱をもたらした。SMICに対して西側も車載用半導体などを発注していたことから、それがTSMCなどに振り向けられ受注がオーバーフローして世界各地で自動車メーカーの減産を余儀なくした。それが引き金になって、EUも経済安全保障の観点から半導体産業を見直し、域内生産「2割」をめざす目標を打ち出し520億ドルの補助金を用意するとした。一方、アメリカはそれ以前にTSMCの工場誘致を取り決め、その補助を含め半導体産業振興のために370億ドルの予算措置を表明していた。

 この欧米の国内生産の回帰策に応える形で自社の再生策を打ち出したのが1月にインテルを率いることになったパット・ゲルジンガーだ。ASLMの微細加工技術を取り入れた2つの新工場をアリゾナ州に建設するが、一つは自社用もう一つは受託生産用だ。今後数年間で200億㌦を投じ2024年の稼働を目指し微細加工で追いつくと共にEUでの工場建設も視野に入れる。

 一方、微細加工で行き詰った時に役立つ技術が先端パッケージング(封止)技術で、先行するインテルはIBMと提携した。グーグルとの共同開発で自動運転向けAIチップを22年には量産する計画を持つTSMCなどを引き離すためだ。自動運転用の半導体ではエヌビディアもグーグルに負けじとGPUの性能向上を図っている。

 こうして、アメリカは5年後にはインテルやエヌビディアなどを核に半導体での復権を果たす青写真を描く。では、対する中国はどう将来を描くのか。

 中国は世界の半導体需要の35%を占める最大の消費国だが、その自給率は15%強にとどまる。データの世紀には半導体は必須で成長産業でもある、そこで「中国製造2025」では自給率70%を掲げた。だが、紫光集団傘下の長江存儲科技がNANDメモリーの開発に成功したり、華為技術の5G向け半導体などの設計では最先端にあったりするが、アメリカの制裁を受ける中で、製造能力を高めることは容易ではない。そこで、中国は、米中の半導体産業同士での対話窓口をつくる一方、国内外にある装置をSMICにかき集めてTSMCに代わる存在に育成しようとし、新CEOにTSMC社長の蒋尚義氏を引き抜くなど、懸命だ。台湾の高級エンジニアの1割とされる3000人超の人材の引き抜き等で行ってきた「窮台政策」の強化だ。その先に、70%の達成は無理としても、台湾に次ぐ製造能力も見えてくる。

 中国が報復に走らず自力更生へと励むのは、半導体もAI、量子や宇宙と同じく自主技術が必須だからだ。そしてハイテクでの競争では市場の大きいEV、中でも基幹部品の車載用電池では、成功を収めているからだ。すなわち、NEV戦略でパナソニックをトップの座から引きずり下ろしトップとなったCATL(寧徳時代新能源科技)を初めBYDなど中国メーカーが韓国2社とともに世界上位を占めるようになり一挙に追い付き、追い越した。中国が日本の提案した充電システム〈チャデモ〉での規格統一に乗ってきたのも、中国のEVメーカーの海外市場浸透策でもあるのだ。そして中国電池メーカーの独占を後押しするのが国有企業中心にEV向け電池の重要原料、リチウム、コバルトでの独占供給体制、いわゆる「紅色供応鏈」を構築していることだ。

 今後5年の世界のサプライチェーンでは関税報復、国境炭素税の導入などの影響も考えなくてはならない。しかし、見てきたようにゲオテクノロジー(先端技術をめぐる地政学)の影響は圧倒的だ。したがって、5年の内に中国からのEVの輸出が始まろうが、それが摩擦を生んだりするようなことがあれば、原材料での隘路をもっての報復、輸出管理法という伝家の宝刀の出番を警戒しておかなければならないのだ。日本も、リチウムイオン電池に代え個体電池を実用化するなど技術でのブレークスルーを狙うといった観点を含め、安全保障の観点から自国のサプライチェーンの総点検を必要とするゆえんである。

髙橋琢磨(元野村総合研究所主席研究員)

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