「ウイルス変異」はウイルスがやがて人間界に定着する証拠だ

■健康弱者は注意が必要だ

 新型コロナの変異ウイルス(変異株)が見つかり、世界各国が警戒を強めている。変異ウイルスは昨年9月ごろ、イギリスで発見された。その後、南アフリカやブラジルでも別の変異ウイルスが確認された。いずれも感染力が強いとみられている。WHO(世界保健機関)によると、イギリス由来の変異ウイルスは約50カ国・地域で、南アフリカ由来のものは約20カ国で見つかっている。

 イギリスの変異ウイルスはこれまでのウイルスに比べて最大で1・7倍の感染力があるともいわれ、アメリカの疾病対策センター(CDC)は今年1月15日、「米国内で3月には変異株が感染の主流になる。その結果、死者が急増する危険がある」との見解を示した。

 感染力が強くなると、感染者が増える。感染者が増えると、それに比例して重症者も増し、亡くなる患者が多くなる。とくに健康弱者は注意が必要だ。新型コロナの場合、健康弱者は免疫力の低下した高齢者、それに心臓病や高血糖障害などの基礎疾患を持つ人たちである。

水面下で広がっている可能性がある

 変異で心配なのは感染力よりも病原性(毒性)だ。スペイン風邪(1918年)では、第2波で病原性が強まる変異が起こり、致死率が高くなったといわれている。だが、幸いなことにいまのところ、新型コロナの病原性は強くはなっていないようである。

 もうひとつ気になるのは、ワクチンの効き目だ。欧米で接種が始まった遺伝子ワクチンのm(メッセンジャー)RNAワクチンを開発・製造した、米製薬会社ファイザーが最近、接種した人の血液を使って検査したところ、有効性が確かめられた。しかしながら今後大きな変異が起きれば、有効性はなくなる。その場合を想定し、早めに新たなワクチン開発の準備を進めておくべきである。

 変異ウイルスの感染者は、日本でもすでに50人以上確認されている。海外からの帰国者以外の感染者は、静岡県で初めて見つかり、その直後には都内の10歳未満の女の子からも確認された。この女の子にも海外渡航歴はなく、渡航歴のある人との接触もなかった。感染経路は不明で、市中感染だとすると、変異ウイルスはすでに水面下で広がっている可能性がある。

変異は起きて当然で、慌てずに正しく怖がりたい

 私たちは変異ウイルスにどう対処すればいいのか。昨年の3月に扶桑社から出版した拙著『新型コロナウイルス-正しく怖がるにはどうすればいいのか-』の中で、新型コロナを擬人化しながら変異についてこう書いた。

 〈吾輩の体の構造は非常に単純だ。遺伝子とそれを包む膜ぐらいしかない。単純ゆえに問題もある。子孫を増やそうとして毛色の違う子供を生んでしまうのだ。コピーミスじゃよ。突然変異だ。吾輩のようなRNAウイルスに多い。たまたまその子供が宿主と違う生物、たとえば人間だ。変異によって人間の細胞に入り込む能力を持つようになると、今度は人間の世界で活動を始める〉

 新型コロナに限らずどのウイルスも動物や人の細胞の中で増えるとき、自分の遺伝情報を複製する。しかし時々コピーミスを犯す。少し性格の異なる子供を作ってしまう。これが変異だ。変異は起きて当然であり、今後も必ず出てくる。むやみに恐がったり、驚いたりする必要などない。ここは注意を払いながら、騒がず冷静に受け止めていくべきだ。防疫もこれまでと変わらない。正しい知識で正しく怖がりたい。

風邪コロナウイルスと同じ病原体になる

 世界中の新型コロナウイルスが数限りない変異を繰り返し、環境に合ったものが生き残り、適さないウイルスは死滅している。イギリスなどで見つかった変異ウイルスは、人の細胞に感染するときに使うスパイク(突起)の先端が変化し、感染力が増大した可能性が指摘されている。スパイクはウイルス表面に無数に存在する。スパイクが鍵で、人の細胞にある鍵穴に差し込んで細胞内に侵入していく。変異ウイルスは人の細胞の鍵穴により適合する鍵を持っている。

 自然宿主とみられるコウモリの体から飛び出した新型コロナは変異を繰り返すことで、人間界に定着していくのだと思う。たとえば、スペイン風邪などこれまでに計4回パンデミック(世界的流行)を引き起こした新型インフルエンザの場合、鳥インフルエンザが変異したものだ。鳥インフルエンザウイルスはトリのお腹の中で増殖する腸管ウイルスだが、それが温度の低い人の上気道で増殖できるウイルスに変異することによって季節性インフルエンザウイルスに生まれ変わった。

 世界中に広がった新型コロナは消えてなくなることはないだろう。変異を重ね、最終的には私たちの身の回りに常在する4種類の風邪コロナウイルスと同じような病原体になる、と私は考えている。

           木村良一(ジャーナリスト、元産経新聞論説委員)

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