これまでなかったタイプの感染症ワクチン「mRNA」~新型コロナワクチンとして長期的に有効か、安全か?~

 ファイザー社/ビオンテック社は、新型コロナウイルスワクチンの第3相試験の結果を発表した。すでにアメリカをはじめとした世界各国で行っている臨床試験の最終的な効果の分析で「95%の有効性が見られた」という結果が示された。また、健康への影響についても、安全性に関する重大な懸念は報告されていないという。この結果に基づいて、ファイザー社/ビオンテック社は、米国だけでなくオーストラリア、カナダ、ヨーロッパ、日本、英国でも緊急承認申請を行っている。この新型コロナウイルスに対するワクチンの登場を、我々はどのようにとらえるべきなのか。

 今回発表されたワクチンはmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンという種類に分類される。このワクチンは、新型コロナウイルスが感染する際にヒトの細胞表面のタンパク質と結合するスパイクタンパク質を作る情報を持ったmRNAを利用している。このmRNAは、ヒトの細胞内でスパイクタンパク質に翻訳(合成されること)されて免疫が誘導されるというものだ。これまでに、他の感染症も含めて、mRNAワクチンが承認された事例はない。

 一般にワクチンの有効性は、被験者の一方の群にワクチン、もう一方の群にプラセボ(偽薬、非接種のこともある)を接種し、「ワクチン接種群で疾患を発症した被験者の数」と「プラセボ接種群で疾患を発症した被験者の数」を比較して、ワクチンの接種によって疾患になるリスクをどの程度減らせたかで評価する。

 例えば、40000人の臨床試験参加者のうち、20000人がワクチン接種群、20000人がワクチン非接種群に割り付けられたとして、一定期間内に非接種群では100人感染したのに対し、ワクチン接種群では5人しか感染しなかった、という場合に「感染していたはずの95人(95%)の感染を防いだ」という意味で95%の予防効果ということになる。

 「ワクチンで95%以上の予防効果」とは、インフルエンザワクチンと比べてどうなのか

シーズンによっても異なるが、インフルエンザワクチンは一般的には50%程度の予防効果とされている。当初は、新型コロナウイルスワクチンもインフルエンザワクチンの予防効果に近いのではないかという予想もあり、米国食品医薬品局(FDA)は予防効果50%以上を使用承認の基準にしていたが、これを大きく上回る予防効果が示されたことになる。

 ワクチンの効果には、重症化を防ぐ効果も期待されている。たとえ感染しても、ワクチンを接種していたことで重症化を防ぐことができれば、それだけで非常に大きな価値があるとされる。ファイザー社/ビオンテック社のワクチンでは、ワクチン投与群のうち8名が感染し重症1名、プラセボ群のうち162名が感染し重症9名と報告されており、未発表データや今後の拡大される臨床試験のデータを分析する必要があるが、重症化を防ぐ効果も期待できそうだ。

 また、ワクチンを最も必要とする重症化リスクが高い人に、ワクチンが十分効果を発揮するのかというのも重要なポイントとなる。新型コロナウイルスに感染した際に重症化するリスクが高いのは、高齢者や基礎疾患を持つ人とされる。高齢者は、ワクチンによる予防効果は一般成人と比較して低いと言われている。これは、高齢者の免疫反応が減弱しているため、ワクチンを接種しても十分な免疫が得られないためだ。今回の臨床試験では、56~85歳が全体の登録者の40%以上を占めており、65歳以上のワクチン有効率は94%と発表されている。

 新型コロナウイルスワクチンは、何十億人という人が接種対象となる可能性があることから、接種が開始されるためには安全性が十分に検証されることが必要不可欠だ。今回の報告では、重度の副反応として倦怠感、頭痛、局所の腫れ、筋肉痛、関節痛などが見られているが、重度のアレルギー反応や重症の発疹などを起こす可能性は高くない。一方、今後の臨床研究においてより多くの接種によって、これまで見られなかった副反応が発現する可能性がある。また、今回のワクチン接種者の長期安全性は2年間追跡されることになっている。日常生活に支障のない範囲での局所の疼痛や倦怠感、微熱であれば、許容範囲と考えて良いと思われる。しかし、安全性に関しては、ワクチンの有効性以上に慎重に評価が行われなければならず、今後の報告を待たなければならない。また、今回の新型コロナウイルスワクチンの臨床試験は、18歳以上で行われており小児が対象とはなっていないことから、小児に対するワクチンの安全性と有効性も臨床での検証が必要となる。

 ワクチンの持続期間については、新型コロナウイルスワクチンは2回のワクチン接種が必要であり、2回目の接種以降から現時点(約三か月)までの効果について検証されている。現時点では、長期的な効果についてはまだ不明のままだ。新型コロナウイルスに自然感染した人でも、長期的には抗体価の低下が報告されており、再感染例も報告されている。そのため、今後、長期的な追跡調査を行い、ワクチン接種による免疫がどれくらい維持されるか検証する必要がある。

 ファイザー社/ビオンテック社のワクチンの有効性の報告に続いて、モデルナ社のワクチンや英オックスフォード大学/アストラゼネカ社が開発したワクチンの大規模臨床試験の結果の報告が相次いだ。これらのワクチンは、接種を受けた人の大半に対し感染予防の効果があったことから、パンデミックの終息に向けて有望な進展が得られたと考えていい。一方で、ワクチンを接種したことで獲得できる免疫がどれだけ続くのかがまだ分かっていない。今後、世界中の多くの人にワクチンを接種することになると、重篤な副作用が出てくる可能性もある。長期の安全性や有効性はこれから見極めなければならないため、冷静に開発状況を見守るべきだ。

橋爪良信(理化学研究所マネージャー)

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