新型コロナウイルス感染症の克服へ向けて

 現在新型コロナウイルス感染は拡大の一途を辿っており、ヨーロッパをはじめ諸外国の状況を見るとその感染力の高さに圧倒されるが、臨床研究や発表される関連論文数の増加をみると、治療薬が見出される可能性に期待が湧く。実際に手元のデータベースで「COVID-19(新型コロナウイルス感染症)」をキーワードとして検索すると、登録された臨床研究は600件を超え、2019年から2020年にかけて発表された関連論文数は5000報に及ぶ(4月18日時点)。
 現時点では、新型コロナウイルス感染症への有効性が認められた治療薬が無いため、患者を治療するための治療薬の開発、新型コロナウイルスへの感染を抑えたり、重症化を防いだりするためのワクチンの開発、より多くの患者を迅速に診断するための検査技術の開発が世界各国で、急ピッチで進められている。その中で、ワクチンの開発と実用化には1年から1年半程度かかるとされ、また新薬の開発をゼロから目指すには10年以上かかることから、既存の抗ウイルス薬の中から新型コロナウイルスに有効な薬を見出そうという動きが盛んである。
 
 既存の抗ウイルス薬とは、既に別のウイルス感染症を対象に治療薬として承認されていたり、臨床試験が実施され基本的な有効性や安全性が確認されていたりするものであり、これらを新型コロナウイルスに転用できる可能性を探る最大の理由は市場に投入されるまでの期間の短さにある。安全性や臨床上での使用法が既に確立されている既存薬であれば、臨床試験は患者へ投与し有効性を確認するための臨床試験から着手でき、審査期間を入れて1年以内に適応拡大を獲得できる可能性がある。
 インフルエンザウイルスとの類似性から、新型コロナウイルス感染症への治療効果が期待されているのが「アビガン」である。アビガンは、日本で開発された薬剤であり新型コロナウイルス感染症に対する有効性が期待され、国内では藤田医科大学を中心に臨床研究が行われている。また、エボラ出血熱の治療薬として開発が進められてきたギリアド・サイエンシズ社(アメリカ)の抗ウイルス薬である「レムデシビル」も有力な治療薬候補となっている。最近、日本、アメリカ、ヨーロッパ、カナダにおいて、レムデシビルが投与された症例58例のうち36例(68%)で症状の改善が得られたとの報告が医学誌に掲載された。このように、既存の抗ウイルス薬を新型コロナウイルス治療薬に転用できないかを検証するために、世界各国で臨床試験が進められている。
 新型コロナウイルスは、コロナウイルスの一種である。2002年に発生したSARS(重症急性呼吸器症候群)と2012年以降発生したMERS(中東呼吸器症候群)もコロナウイルスの一種であり、今回の「新型」コロナウイルスは、SARSとの類似性から「SARS-CoV-2」と呼ばれている。つまり今回のウイルスは「新型」ではあるが、人類がこれまでに遭遇したことが無い「未知」のウイルスではない。「新型」であれば「旧型」が存在することを意味する。我々はこれまでに、SARSやMARSウイルスを研究してきた経緯がある。また、インフルエンザウイルスやエボラウイルスの研究を重ねる中で、ウイルスの仕組みを理解し、それに応じた治療薬を見出してきた。SARSウイルスが持つ自身を複製するための酵素は、新型コロナウイルスのものと類似性が非常に高いことが見出されており、今回の新型コロナウイルスの克服へ向けた取り組みに生かされている。
 冒頭に述べた多くの臨床研究や学術研究、製薬企業で進む治療薬開発は、一見、競争的あるいは競合的に映る。しかし、歴史的に観れば、人類は科学の発展によって見出されたさまざまな研究手法を用いて感染症を理解し克服してきた。つまり、このような研究を通じて蓄積された知見は、必ず次の世代の研究に生かされ成果をあげてきた。そして、今回も我々は新型コロナウイルスの脅威を克服するだろう。

橋爪良信(理化学研究所マネージャー)

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