韓国・コロナショックと文政権

 肺炎がときに重篤化するという、「新型コロナウイルス(以後、新型ウイルス)」の感染拡大が止まらない。2019年12月に中国湖北省・武漢で初めて確認されて以降、2か月ほどで58の国・地域にまで広がっている。すでに感染者数は8万人、2900人以上が死亡している。WHO・世界保健機関は、新型ウイルスの危険性について、「高い」から「非常に高い」に引き上げたものの、なお「パンデミック(世界的流行)」の分かれ道にあるという。2月29日現在、日本では、クルーズ船「ダイヤモンドプリンセス号」の700人あまりを含む939人が感染し、11人が死亡している。韓国の感染者は、テグ市での新興宗教団体の集いが感染拡大の要因となって急増し、中国に次いで多い3000人を超え、17人が死亡している。この夏、オリンピック・パラリンピックを控えた日本は、感染・拡散を最小限に食い止めようと躍起になっているように見える。スポーツ、市民活動、音楽などの大規模なイベント・式典の延期・中止を要請したほか、小中高校の一斉休校も打ち出し、混乱と論議を呼んでいる。韓国では、3月2日に予定されていた、幼稚園・小中高校の新学期を延期、教会でのミサを中止、米韓合同の軍事演習も無期限延期とし、韓国メディアは「大韓民国がストップ」「日常生活がマヒ状態」と記している。日韓ともに、「見えない敵」の感染・拡散を防ぐ、きわめて重要な局面に入っている。

韓国(地下鉄にて)

 新型ウイルスの感染拡大は、じわじわと影響を及ぼし始めている。とりわけ、経済への影響が深刻だ。感染者が初めて確認された武漢は、中国では中部最大の商工業都市である。1月23日から今も続く交通封鎖や春節後も続いた休業によって、中国のいわゆる「サプライチェーン」を切断する結果となった。中国経済は今世界第2位にまで発展し、ヒト・モノ・カネの移動量とともに、2003年に中国から広まったSARS(重症急性呼吸器症候群)の影響とは比べようもない。新型ウイルスが今後パンデミックになれば、中国国内に止まらず、世界経済に深刻な影響を及ぼすこととなろう。中国人観光客に大きく依存する日本、韓国、東南アジア諸国の観光業、航空産業、商業などへの影響も大きい。2月23日、サウジアラビア・リヤドで開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議では、新型ウイルスの感染拡大が世界経済のリスクになっているとし、各国が財政や金融などすべての政策を駆使して対応するとの声明を採択した。週明けの24日以降、アジアの株安に連鎖したニューヨーク市場は続落し、27日にはダウ平均株価が前日比1190ドルという、過去最大の下げ幅を記録している。2月最終週だけで3600ドル近く、12%も下落し、世界経済の先行きへの警戒感が伺える。中国の1-3月期のGDP成長率が0%台、世界の成長率も0.1ポイント下がるとの予想もある。昨今の新型ウイルスの感染者数の推移に照らせば、その予想も現実味が加わってくる。

韓国の若者(明洞にて)

 先日、アカデミー賞の作品賞など4部門に輝いた韓国映画『パラサイト 半地下の家族』を見た。主人公となる親子4人があの手この手の策略を弄し、裕福な家庭での仕事をそれぞれ得ると、父親が「警備員1人の募集に、大卒500人が応募する時代に…」と吐露するシーンがあり、妙に印象に残った。韓国KBSの国際放送に勤務して以降、韓国の格差社会や若者の就職難という現実がずっと身近に感じられ、厳しい韓国経済とオーバーラップするからだ。韓国は昨年、辛うじて2%の成長率を守った。しかし、昨年10月の失業率は29歳までの若年層で7.2%、平均の3.0%を大きく上回っている。また、韓国経済を支える輸出は2019年1-9月で、前年同期に比べて10%も減少したという。韓国の中国依存度は輸出で25%、輸入で20%だ。「中国が咳をすれば韓国が風邪をひく」とも言われている。「中国が肺炎になったら…」と考えれば、新型ウイルスが韓国経済に及ぼす影響の深刻さが見えてこよう。韓国の保守系紙・中央日報は「間違った経済政策基調を守りながらコロナウイルスだけ恨むのか」と題する社説(2月18日)で、「新型ウイルスの影響で、今年の成長率が1%台に落ち込む可能性も大きくなった」とする民間の予測を引用し、韓国経済が外に新型ウイルス、内にムン政権の反市場的経済政策という、深刻な内憂外患に陥っていると指摘している。新型ウイルスの爆発的な感染拡大は、ムン政権にとって、自らの経済政策で思惑通りの成果を上げることができていないことに、改めて目を向けさせることになった。

 文政権は、今年5月で就任から丸3年を迎える。その節目を前にした4月15日、国民が文政権の中間的評価を下す総選挙が予定されている。国会議員300人を選ぶ選挙で、単独過半数には達していないものの、第1党の与党「共に民主党」が敗北すれば、ムン大統領のレームダック化は避けられないであろう。直近の世論調査(ギャラップ社:2月25日~27日実施)によれば、ムン政権の支持率は新型ウイルスへの対応の不備などから前の週より3ポイント下落して42%、不支持率は5ポイント上昇して51%となっている。また、保守系紙・朝鮮日報によれば、韓国大統領府青瓦台のホームページに投稿されたムン大統領の弾劾を求める請願への賛同者が27日現在、100万人を超え、逆の応援の請願では賛同者が50万人を超えたという。ムン政権を揺さぶる新型ウイルスへの対応は、自らの政治基盤に根っこから関わる喫緊の課題である。今がまさに正念場だ。とりわけ、「2030世代」と言われる20-30代の若年層を対象とした格差のない公正な社会づくり、実効的な経済政策、朝鮮半島情勢の現実を踏まえた外交など、課題は山積している。ソウルの知人からのメールによれば、当面のムン政権には良い材料が見当たらないという。徴用工裁判をめぐって、日本企業から差押えた資産の現金化を図る動きが顕著になっていると憂慮する。また、日本による輸出管理の強化に対抗し、韓国がいったん破棄するとしたものの、アメリカの強い圧力で延長したGSOMIA・日韓軍事情報包括保護協定を改めて廃棄すべきとの声もあるという。

 新型ウイルスをめぐる動きが不透明ななか、ムン政権は今回の総選挙で何を訴えるのであろうか。また、歴史認識問題などをめぐって、日本に強い姿勢を示すことになるのだろうか。3年に及ぶムン政権が問われる選挙は、日韓関係、北東アジアの視点からもじっくり見つめていきたいと思っている。                                     羽太 宣博(元NHK記者)  

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