日韓関係がガラガラと崩れてゆく

 7月4日、悪化するばかりの日韓関係は過去にない局面に入った。この日、日本は、半導体やディスプレイの製造に欠かせない素材3品目について、韓国向けの輸出管理を強化し、包括的許可から個別許可へと切り替えた。これまで、日韓は対立・葛藤を繰り返しながらも、あらゆる外交チャンネルを通して対話を図り、折り合いをつけてきた経緯がある。とはいえ、今回は異なる。去年の秋以降、日本が対話を求めても一向に埒が開かず、輸出管理の強化という経済的手段を背景に韓国に対応を迫る構図は、日本も「主張すべきは主張する」という、あらたな日韓関係に移行する転換点のように見える。この異例の動きに、韓国メディアは鋭敏に反応し、すでに数日前から韓国経済に及ぶ影響に強い懸念を示してきた。前日の3日朝、筆者は金沢から乗船した大型客船で釜山に入港した。韓国メディアが「経済報復」と表現する日本の姿勢に対し、釜山市民がどんな反応を示しているのか、確かめたいとの思いが募っていた。入国審査を済ませ、すぐに釜山の街へ向かった。まず、反日デモが頻繁に行われる日本総領事館前だ。大戦中の徴用工と慰安婦問題を象徴する像は若い警察官2人が見守るだけで、ひっそりと立ち、座っている。中華街は、昼時の会社員で賑わっている。チャガルチの魚市場では、日本語で「おいしい刺身あるよ。食べてって!」と近寄ってきたアジュンマ(おばさん)が声をかけてくる。地下鉄に乗れば、日本人と知りつつ筆者の腕をつかみ、50代のアジョシ(おじさん)が席を譲るという。世界屈指の貿易港、釜山は、翌日に迫った日本の輸出管理の強化措置をよそに、市民が普段と変わらぬ素顔を見せていた。

 日本による今回の措置は、韓国の輸出管理に「不適切な事案」があったとして導入したものである。対象の素材3品目は、化学兵器や通常兵器の製造にも使われる戦略物資だ。日本としては、韓国に輸出したものが他国に流れ、兵器の製造に使用される懸念があり、韓国に適正な対応を求めるものだった。日韓双方の立場は、24日にジュネーブで開かれたWTO=世界貿易機関の一般理事会の討論が鮮明にした。韓国側は「日本の措置はWTO体制に反する。韓国は半導体分野の主要製造国であり、世界の供給網にも影響する」などと訴えた。これに対し、日本は「輸出管理制度に基づく安全保障上の措置」であり、「WTOの場で取り上げるのは適切ではない」「簡素化していた措置を通常手続きに戻したもの」と反論した。また、その背景について、日本が当初、徴用工裁判をきっかけに決定的となった韓国への不信感に言及したこともあり、韓国側は政治的理由による輸出規制だと反発し、WTOに提訴する準備も進めているという。一方、日本は相互の信頼関係に基づき、輸出管理の手続きを簡素化する「ホワイト国」から韓国を除外する方針だ。輸出管理の強化もホワイト国の指定も国際的な取り決めはなく、当該国の裁量が優先されるべき国内問題とする日本。徴用工問題をめぐる政治的な報復措置はWTO規則に反するという韓国。対立する日韓関係が北東アジア情勢にも大きく関わる今、双方ともに同盟国のアメリカが今後どう動くのか。経済分野にまでに波及した軋轢の根深さ、そしてその先行きに留意したい。

 今回の日本の措置は、大阪のG20サミットの直後に発表、導入された。G20の各加盟国が合意した「大阪宣言」が「自由、公正、無差別な貿易体制」の重要性を明記したこともあって、日本のメディアも、輸出管理の強化は自由貿易の原則と相容れないとし、日本の措置を批判する論調が目立った。「対韓輸出規制 『報復』を即時撤回せよ(朝日)」「韓国への輸出規制 通商国家の利益を損ねる(毎日)」など、日本の対応を批判した。ところが、今回の措置が「輸出管理の強化」にすぎないことが明らかになると、日韓双方の動きを論評なしの報道に徹しているようにも見える。一方、韓国のムン・ジェイン政権にとっては、G20サミットに続き、板門店での劇的な米朝首脳会談を終えたばかりで、唐突に発表・導入された日本の措置に当惑と混乱を隠せないものとなった。これを反映してか、韓国メディアの論調は、当初、日本に反発し、続いてムン政権の対応を批判したり冷静な対応を求めたりと、やや「一貫性」に欠けている。韓国大手紙の当初の社説を見ると、「経済報復、日本は中国と同じレベルの国なのか(朝鮮日報)」「安倍氏と側近、根拠のない‘韓国たたき’と制裁を撤回せよ(中央日報)」「韓日いずれにも得にならない安倍政権の時代錯誤的な経済報復(東亜日報)」「日本は“稚拙な”貿易報復措置を直ちに撤回せよ(ハンギョレ)」など、保守・進歩系いずれも厳しい論評が目立つ。また、日本の措置が輸出を制限・禁止するものでないことが分かると、保守系紙の論調は微妙に変化する。「日本の意図的な冷遇に韓国政府・国民は冷静に対応すべき(朝鮮日報)」、「対日外交、‘感情’より‘事実’を前面に出すべき(中央日報・韓国経済新聞)」、「今こそ韓日双方で合理的かつ理性的な声を出すべきだ(東亜日報)」など、ムン政権の対応や立場を批判し、問題解決に向けた対応策も真摯に提言する。周知のように、保守系の朝鮮日報と中央日報は、昨今、ムン政権を厳しく批評してきた。とりわけ、朝鮮日報の日本語版について、大統領府は17日、韓国語版の原本を翻訳する際、より刺激的な見出しや表現に変えていると指摘し、日本での「嫌韓感情を煽る売国的タイトル」などと厳しく批判した。今では、朝鮮日報の不買運動も始まっているという。朝鮮日報日本語版の社説・コラムは、なぜか18日の社説を最後に一切更新されていない。

 今回の日韓の対立は、これまでの外交上の葛藤・軋轢が経済関係にも波及し、長期化する様相を見せている。また、問題をさらに深刻にするのが日本の嫌韓、韓国の反日機運の高まりだ。韓国では、日本産品の不買運動や日本旅行ボイコットの運動が各地に広がっている。対立が長引けば、日本への旅行客はさらに減る見通しで、韓国の航空会社は日本の各都市を結ぶ路線や便数を縮小する計画だという。さらに、自治体や市民の交流の中止・延期が相次ぐのも気に掛かる。筆者が訪れた釜山市は、長崎県との間で2005年から毎年実施してきた友好交流協議書の締結式を無期限に延期。また、「対馬厳原港まつり」では、日韓友好のシンボルともいえる、江戸時代の外交使節「朝鮮通信使」の復元船の派遣を中止した。こうした一連のニュースに、筆者はKBSの校閲委員時代、自ら取材・制作したラジオ番組「見た!韓国の素顔」の5回目(2013年5月)を思い出す。大統領による竹島(韓国の独島)への上陸などで日韓関係が悪化するなか、長崎県が10年ぶりにソウルに事務所を復活させたことを紹介するものであった。復活の背景を問う私に、「こういう時期だから、国は国、草の根は草の根と分けて考えたいんです」と答える当時の鈴木史朗所長。「日本が嫌いと言っても、日本人が嫌いという人はいない。最終的には人と人とがどう魅力を感じ合うかだと思う」と続けた。繰り返した「人流」という言葉が今も心に残っている。

 7月下旬、韓国の知人から久しぶりのメールがあった。ソウルでは今、何かと集会やデモに出くわすという。ソウル中心部の光化門広場で、日本製品の不買運動を訴えるデモの一方、不買運動に反対する大きな集会もあったと綴っている。

 この1か月、日韓の動きを伝える目まぐるしい報道に接し、問題の所在・本性を伝え切っているか、断片的な事実を一方的に伝えて世論を誘導していないかと自問する日々が続いている。釜山やソウルの市民は、そして韓国は今、何を考えているのだろうか。

 羽太 宣博(元NHK記者)

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