「バレンタインデー」は、筆者には遠い記憶のひとコマになっていたが、今年は違った。2月4日、いずみホール(大阪市中央区)で催された関西フィルハーモニー管弦楽団主催の「バレンタイン・コンサート」を堪能したうえ、チョコレートのプレゼントにもあずかった。
コンサートはクラシックとジャズのコラボレーションだった。ピアノ演奏は小川理子、トロンボーンは風早宏隆で、指揮は藤岡幸夫。ジャズスタンダードナンバー中心のプログラムで、小川は「マイ・ファニー・バレンタイン」、「マイ・ロマンス」(いずれもR・ロジャース曲)、「ラプソディ・イン・ブルー」(ガーシュイン曲)を弾いた。乾いたリズミカルな音色が残響2秒のホールを包み込んだ。藤岡と小川はともに慶応大学出身。以前にも共演したことがあるそうで、オケとの呼吸もぴったり。満席(821席)の聴衆を魅了した。
世界的なジャズピアニストの小川は、電機メーカー、パナソニックの執行役員(テクニクスブランド事業担当)でもある。去年11月23日、パリで開かれた博覧会国際事務局(BIE)総会で、2025年万博の開催国を決める際の最終プレゼンテーションで、英語でスピーチをした後、名曲「ワンダフル・ワールド」の弾き語りを披露し、大阪・関西の魅力をアピールした(11月24日付毎日)。この時の様子は、テレビでも流れたから、彼女の存在を始めて知った人も多いに違いない。
プログラムなどによると、小川は1962年大阪市生まれ。3歳からクラシックピアノを始めた。慶応大理工学部生体電子工学科を卒業して、松下電器産業(現在のパナソニック)に入社、音響研究所で音響機器の開発などに携わってきた。同社のオーディオブランド「テクニクス」は一時、製造中止を強いられ、消えかかったが、復活の指揮をとったことで知られている。ホールのロビーには、高級スピーカーシステムが展示されていた。
仕事の傍ら各地で演奏活動を続けている。2003年にリリースしたCDは、英国の著名なジャズジャーナル誌の批評家投票で1位を獲得したことがあるほどの実力者である。
指揮者の藤岡は、東京都出身で小川と同年生まれ。幼児のころからピアノやチェロを学び、慶大文学部美学美術史学科を卒業後、英国王立ノーザン音楽大指揮科に進んだ。その後、英マンチェスター室内管弦楽団首席指揮者、日本フィルハーモニー交響楽団指揮者などを経て、2000年に在阪4大オーケストラの一角、関西フィルの正指揮者に就任、07年から首席指揮者を務めている。「関西フィルに骨を埋める覚悟」(17年9月27日日経夕刊)という。全国を飛び回って棒を振っているが、関西では抜群の人気がある。また、BSテレビ東京の「エンター・ザ・ミュージック」(毎週土曜午後11時半~午前零時)に関西フィルとともに出演、藤岡は司会をしている。
チョコの贈り主は、コンサートの協賛企業、江崎グリコだった。大阪ではこんな、こじゃれた文化イベントがしばしば企画される。藤岡は舞台上から「バレンタイン・コンサートは来年も2月11日に開くことが決まっている」とアナウンスすると客席がどよめいた。もちろん、筆者も聴くつもりである。
七尾 隆太(元朝日新聞記者)