<シネマ・エッセー> マルクス・エンゲルス

私の手元に昭和27年2月1日(第3刷)発行の岩波文庫のマルクス エンゲルス著、大内兵衛 向坂逸郎譯『共産党宣言』(定価40円)が残っています。
巻末の有名な一行「萬國のプロレタリア団結せよ!」の下に、私にしては珍しく、一九五二・三・二六と読了した日付が記入され、本文中のあちこちに傍線が引かれています。ちなみにこの二ヶ月後の5月1日には、GHQによる占領解除から初めてのメーデーで、デモ隊と警官隊が皇居前広場で衝突した血のメーデー事件が起きています。
ユダヤ系ドイツ人の学者、カール・マルクス(1818-1883)と、イギリスに住むドイツ人思想家のフリードリヒ・エンゲルス(1820-1895)が運命的な再会をし、友情を深めるのは1840年代。産業革命が生んだ社会格差と貧困の嵐が吹き荒れるパリでした。
20代半ばの二人は「搾取と不平等」にあえぐプロレタリア救済の運動と理論闘争に手を組み、友情を深めて行くのですが、二人共、冷たい学者、革命家ではなく、子煩悩で学級肌のマルクスと、富裕層に属しながら国際的な労働運動の指導にのめり込んでゆく激情派のエンゲルスの組み合わせが、なかなかの”深い味”を見せてくれます。
二人は行く先ざきで弾圧や官憲の捜索を受けますが、1848年には、名著『共産党宣言』を完成させ、世界中に革命運動の起爆剤として、衝撃的な影響を広げてゆきます。
<ヨーロッパに幽霊が出る~~~ 共産主義という幽霊である。ふるいヨーロッパのすべての強国は、この幽霊を退治しようとして神聖な同盟を結んでいる。法皇とツァー、メッテルニッヒとギゾー、フランス急進派とドイツ官憲。> 有名な書き出しは、世界中に衝撃を与えたと言われます。
マルクスはこのあと、『資本論』の大著に取り組みますが、今年はマルクス生誕200年になり、この映画もその記念作品としてフランス、ドイツ、ベルギーの合作。4月28日から岩波ホールでロードショー公開されています。
『資本論』ということから、私的な追憶をさせて頂きますと、妻の父(いずれも故人)がマルクス経済学者でした。大学教授をしていた1940年頃、左翼弾圧が強まり、旧友たちのすすめで、日本に留まるより外国に行くべきである・・・と、外務省嘱託として、はじめは中立国のポルトガル(リスボン)公使館に勤務。後にドイツのベルリン大使館に移り、敗戦までドイツ経済のオブザーバーとして仕事を続けました。
このことは、畏友、大堀聰さんがホームページ「日本・スイス・ドイツ・歴史・論文集」に詳しく書いて下さっています。
http://www.saturn.dti.ne.jp/~ohori/sub-tomooka.htm
経済学について、教養のない私ですが、映画を見終わったあと、マルクス経済学の研究から岳父が残し、娘夫婦が古本で見つけて贈ってくれた『貨幣・資本・信用』(1947年・4版,巌松堂)を取り出したりしています。そして、古びた岩波文庫も・・・。
映画の原題はThe Young Karl Marx. 監督・脚本はラウル・ベック、上映時間118分です。
p.s. 「シネマ・エッセー」第2シリーズは今回でThe End とさせて頂き、しばらく休眠いたします。

磯貝 喜兵衛(元毎日映画社社長)

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